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グラフゲルツァー氏の実験

 偉大なる科学者グラフゲルツァーは実験を始めるにあたって研究員たちにこう述べた。
「実験はいよいよ最終段階に入った。今回は今までの実験で培養した我がドイツの誇る偉大なる哲学者や文学者や音楽家のDNAを混ぜ合わせ、完璧なドイツ人を作り上げることである!すでに蘇生したフリードリッヒ二世、ビスマルク、ヒトラー、ゲッペルス等の政治家、カント、ヘーゲル、ショーペンハウアー、ニーチェ、ハイデッカー等の哲学者、ゲーテ、シラー、ヘルダーリン、ジャン・パウル等の文学者、バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ワーグナー等の音楽家等の純粋なDNA。これらを等分の割合で混ぜ合わせ、最強のドイツ人遺伝子を作り上げるのだ!そしてそれを培養して生まれたての赤ん坊に注入する。その赤ん坊が成長した暁には!アメリカや中国なんぞ遥かに凌駕するドイツ世界帝国が誕生するだろう!」

 グラフゲルツァーの演説を聞いた弟子たちは途端に震えた。科学の発展の行きつく先は結局の所、人権主義とは相反するものになってしまうのであろうか。自分たちが今していることはまさにそれであった。墓場からかつての偉大なる知識人のDNAを掘り出し、そのDNAを培養するなどとは。彼らはこの実験を最初は科学者としての興味から自ら志願して参加した。しかし実験が次々と成功し、科学者グラフゲルツァーのドイツエリート培養計画が実用段階にまでなると、彼らは計画が実行された未来のことを想像し恐ろしくなったのだ。我々またもやヒトラーを生み出してしまうのか。しかしそんな事を考えても計画は最終段階に入り、もはや抜け出そうにも抜けられない状態になっていた。
 しかし計画の成功を夢見るグラフゲルツァーは研究員たちにDNAを等分に混ぜることを命令した。グラフゲルツァーの命令は絶対であった。逆らえば確実な死が待っている。研究員達は震える手でDNAを混ぜていった。

 混ぜられたDNAは接続されたスパコンであっという間に解析された。このスパコンはグラフゲルツァーがドイツの資産家からの融資で開発したものだ。ドイツの大学でさえこれほど高度な機能を持つスパコンは持っていないであろう。このスパコンが各DNAの情報をまとめて一人の人間の脳となるのだ。この擬似的な脳は言葉を発することもできる。別の実験で猿の思考を言語化したこともある。猿は言語化されても猿であった。ウキー!バナナくれー!と人間の言葉でおねだりをしていたのだ。今、グラフゲルツァーと研究員が見ているスパコンのパーセンテージがめまぐるしい勢いで上がっていった。このパーセンテージが100%になったら、ドイツエリートのすべてが詰まった脳が喋るのだ。99%まで近づいた時、グラフゲルツァーは勿論のこと、計画を恐れていた研究員たちさえ純度100%のドイツエリートの言葉を待っていた。いよいよパーセンテージがなる!いや、なった!その時ノイズみたいな音がかすかに聞こえた。そしてスパコンが喋りだしたのだ。

「これはドイツんだ。おらんだ。ドイツもこいつもおらんだべ。ドイツもこいつもバカばかり。都々逸歌っているのはどいつだ。おらんだべ……」


 
 

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