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名は人を表す

 昔の小説は登場人物にその人物の特徴に相応しい名前をつけることがあった。流石に現代ではあまり見られなくなったが、そのせいで今の小説の登場人物はなんだかわからない、皆同じようにしか見えなくなっている。確かに深く読めば登場人物の特徴はわかるのだが、しかしもっとダイレクトに登場人物の人となりがわかる昔の小説が懐かしくなる。だから私は昔風に登場人物の特徴に相応しい名前をつけてちょっとした小話を書いてみた。


 長い研修を終えた新入社員尾々理幕利は今から配属先で挨拶をしようとしていた。彼は名前の通り本当にビビりで上戸彩の旦那を前にしたら漏らすどころでは済まないほどだった。彼は配属先のオフィスでこれから自分の上司や同僚になる人間を見てそのあまりにカタギじゃない佇まいをまでおもっきり震えて漏らしそうになった。しかしそれでも彼は自分の隣に座っている人事課の安心シテ子の笑顔を見てこの人たちは顔は傷だらけでシャツから入れ墨が透けて見えるけどいい人たちだと自分に言い聞かせたのだった。きっとこの人たちは善人だ。名前だって普通の名前に違いない。あんな怖い顔して花吹薫なんて名前だったりするかもしれない。そうだったらホッとして大爆笑してしまうだろう。

 しばらくすると部長の缶呑墓札がみんなに挨拶をせよと尾々理を呼んだ。尾々理はこの部長に面接されたのだが、その際に彼の名前を知って僥倖だと喜んだ。部長は名前の通り仏のような男でその数々の質問は仏陀の説法のようであった。今缶呑はあの時と同じ慈悲深い声で尾々理を呼んだのだ。人事の安心さんが彼の肩を優しく叩いて励ました。尾々理はこの部長と安心さんがいるなら安泰だと勇気を得てみんなの前に立った。

 尾々理は挨拶の中で自分が生まれてからどうしようもないビビりである事と、社会人になった事をきっかけにビビりから脱出したいと熱く語った。この尾々理の言葉に明らかにカタギじゃない連中も心を動かされたようだ。尾々理にはみんなが自分の言葉に感動して目を潤ませているように見えた。

「尾々理くん挨拶ありがとう。これからよろしくな。それじゃみんなもおんなじように自己紹介も兼ねて尾々理くんに挨拶しようか。まずは課長の高氏啓くんから」

 課長の名前を聞いて尾々理はなぜか体に震えがきた。課長はその名の通りまるで死刑執行人のような顔をして輪っかに結んだ縄を尾々理に見せながら挨拶した。次はリーダーの極道与長だった。彼はその名の通りまるで組長みたいな男でドスを煌めかせていた。なんてことだ。見てくれ通りの名前じゃねえか!尾々理はびびって小便をちびりそうになった。だがまだ彼の地獄は終わらなかった。副リーダーの若頭指梨、その部下の某緑大空、生外臍、等頃子。ああ!男女揃ってトー横満載のクズ揃いだ。だが尾々理には人事の安心さんと缶部長がいた。この二人がいれば何とかなる。彼はそう考えて不安を抑えようとした。しかし、突然人事の安心さんが立ち上がったではないか。缶呑部長は安心さんに「じゃあ、挨拶終わったから我々は本社に戻りますか。では高氏啓くん、支店長の円間大黄くんによろしく」

 ああ!まだそんな新キャラがいたのか!閻魔大王なんてまさに地獄じゃないか!尾々理はビビりを突き抜けてとうとう漏らしてしまった。突然漂ってきた異臭に気づいた地獄の連中は一斉に尾々理をボコボコにした。

 しばらくして尾々理はオフィスに入ってきた支店長の円間大黄の前に立たされた。円間は杓子を叩いて尾々理に地獄行きを告げた。



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