見出し画像

ヨーゼフvsホームズ 第九話:ノイケルン区××番地アパート666怪死事件  その8

「ヨーゼフ警視は、ギンズブルクの逮捕を免れたいあまりに思いついたであろうでまかせの証言を、形而上学的な理性の論理で完全に論破しました。精神的に動物である女に犯罪など出来る知性はない。女を犯人扱いすることは犬を犯罪者扱いすることと一緒だ。我々はこのヨーゼフ警視の言葉を肝に銘じましょう!女はペットだと思ってちゃんと躾をすれば殴られることはなくなるのです!しかしこれほどヨーゼフ警視に自分が犯人である事を理路整然と論証されているのに、この男はまだ小間使いを犯人扱いしあくまで自分は無実だと言い張ったのです!『だっておかしいでしょ!彼女はクララに一番近い人間だったでしょ!私には勿論アリバイがあり、あなたのおっしゃるとおりだとすればヴュルテンベルク伯爵にもアルバイがある。ということはアリバイがないのはあの小間使だけではないですか!あの小間使いはその気になればいつでもクララを殺せたはずです!ヨーゼフ警視。あなたは私があの小間使いに金を渡していたから犯人だと疑っているのですか?それは前にも言ったとおり、私はあの小間使いにクララとの関係を口外しないように金を渡していただけなんです!』『黙れ!』取調室にヨーゼフ警視の鋭い一喝が響きました。全く恐ろしい。ローマには真実の口という有名な彫刻がありますが、ドイツにはヨーゼフ警視という生きた真実の口がいる。ローマの真実の口はあくまで見世物でどんな嘘付きも食べられることはない。だが、ドイツの真実の口であるヨーゼフ警視は嘘付きなどその形而上学で皮をひん剥いて食べてしまうだろう!ヨーゼフ警視は少し間を置いてからギンズブルクに向かって語りかけました。『もしかして君は狂人を装っているのかね?』『はぁ?』『とぼけるな。君は我がゲルマン民族特有の神聖なる狂気を装って罪を逃れようとしているのだ。私が女は精神的に動物だから犯罪は不可能だと論証しているも拘らず、呪文のように女が殺したと繰り返すのは、自分を狂人だと思わせたいがためであろう!なるほど、狂人として認められれば確かに罪は免れよう!上手いことを考えたものだ。しかし!貴様には我がゲルマン人の狂気の持つ神聖さが徹底的に欠けている!残念ながらギンズブルク君、君の狂人の演技をして罪を逃れようとした計画はすべて灰燼に帰した。もう罪からは逃れられぬ!さあ自供したまえ!』これまたなんと見事な推理でしょう。徹底的な形而上学的視点から見事に事件を本質を見通してしまったのです。もはや狂人の演技を見破られたギンズブルクは自供するしかないと私たち捜査員が固唾を呑んでギンズブルクの自供を待っていたときです。キンズブルクの奴が口を開きいよいよ自供を始めると思ったらまたとんでもないことをいい出したのです。『いや、ヨーゼフ警視、頭がおかしいのはあきらかにあなたですよ』」

 刑事がそこまで報告した途端ヨーゼフはまたまたテーブルを叩いて叫んだ。「そうなのだ!あの男は私を狂人呼ばわりしたのだ!たしかに狂気とは我ら形而上学的知性を持つドイツ民族にとっては神聖なものである!しかしゲーテやカントにヘルダーリンやノヴァーリスのような狂人とは呼ばれるのならともかく、あんな形而上学も知らぬ異民族が私を狂人呼ばわりするとは何事か!」
 これは正義の怒りだった。山の頂からの怒号であった。ヨーゼフは叫びながら狂人呼ばわりされて世から追放されたドイツの先人達の悲劇を思った。ああ!真実を探求する我も世から狂人呼ばわりされるのか!しかしいずれ真実の明かりは世を照らし人は我を偉大なる捜査官と崇めるであろう!おおヨゼフよ!偉大なるヨーゼフ!御身は世に真実の明かりを照らしたのだと!ヨーゼフはギンズブルグへの怒りを吐き出すと刑事に向かって言った。
「すまない、つい感情が昂ってしまった。さあ続けたまえ」

「このとんでもないギンズブルグの一言に激怒したヨーゼフ警視は、ギンズブルグに形而上学民族ドイツ人とは何かを教えるために奴の膝の上にゲーテ、カント、ヘーゲルの全集を山と積んでやりました。ヨーゼフ警視はこの重みこそが我らが形而上学民族ドイツ人の重さなのだと身をもって教えようとしたのです!ああなんと慈悲深いのでしょう!この哲学もわからぬ異民族に身をもって哲学を叩き込むとは!しかしギンズブルグは事もあろうに膝に置かれたヨーゼフ警視所蔵の貴重な哲学書をはたき落としてこう抜かしたのです!『ちょっと冗談はやめてくださいよ。ヨーゼフさん』ヨーゼフ警視はじめ我ら捜査員一同はゾッとして一斉に沈黙してギンズブルグを見たのです。今ここに真の悪がいる。狂人の演技をして罪を逃れようとするだけではなく、哲学をもってその汚れた魂を浄化しようとするヨーゼフ警視や我々の行為を嘲笑う本物の悪がいる。我々はギンズブルグの中に人間というものの恐ろしさを見たのです!ギンズブルグは言いました。『とにかくあの小間使いをもう一度尋問してくださいよ!なんで私ばっかりこんな目にあうんですか!』そのギンズブルグの言葉を聞いて、ヨーゼフ警視はギンズブルグにこう言いました。『正直に言って君がここまで不誠実な人間とは思わなかったよ。ならば私が一つ提案をしよう。君の言う通りもう一度あの小間使いを取り調べようじゃないか。その結果あの小間使いが君に東洋の魔術で操られてクララ・エールデンを殺したと自白したら君は潔く罪を認めるのだ。いいね』するとギンズブルグは何故か胸を張ってこう答えたのです。『ああいいですよ。小間使いがその東洋の魔術とやらで私に操られてクララに毒をもったと自白したら潔く罪を認めましょう。ただしこちらが納得出来ればですけどね!』ギンズブルグはそう捨て台詞を吐いて去っていきました。しかし我々には休憩などありません。我々はすぐさま小間使いを呼び出して尋問を始めたのです」

 刑事はここまで報告したところで話をやめ捜査会議室を見渡した。ヨーゼフ警視はじめ捜査員一同は固唾を呑んで自分を目視し、ゴールドマン警視総監は書物をし、ホームズは相変わらず先ほど預かった封筒相手に睨めっこをしている。するとヨーゼフが立ち上がり、刑事に向かって話しかけた。
「ご苦労、よくやってくれた。さて次からは私が報告を続けよう。今から語るのはこの悍ましい事件の最終章だ」

「小間使いがやってきた時、私は彼女が腹が減っていると見えたのでペットフードを用意させたのだ。君たちもご存知の通り女は精神的には動物に等しい生物である。だから人間の食う物より犬用の餌を食べさせた方が遥かに喜ぶであろうと善意の心で女にご馳走したのだ。私は犬用の皿に餌を乗せて「さぁ、お食べ。よく噛んで食べるのだよ。食べやすいように皿は低くしておいたからね」と慈悲の心をもって皿をこの精神的には動物に等しい女に向かって差し出したのだ。だがこの女はとんでもないことに私が出した餌を皿ごと投げつけてきたのだ。何ということだ!この女は父親にろくな躾をしてもらわなかったらしい。主人のクララ・エールデンも女だから動物同士では躾など出来るわけがない。小間使いはその精神的な女という動物性をむき出しにして我々に向かって吠えてきたのだ。『ふざけんなこのクソ野郎が!人を何だと思ってるんだ!いきなり人を呼び寄せたと思ったらこんな犬の餌なんか出しやがって!』何ということだ!この女は自分が精神的に動物に等しい女という存在である事を忘れ、恥知らずにも我々人間と同じ権利を求めているのだ。全くクララ・エールデンといい、皆女という動物を甘やかし過ぎたからこんな悲劇的な事件が起こったのだ!私は女という動物性を体験した衝撃からようやく立ち直るとできるだけ慎重に小間使いの尋問をはじめた」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?