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ミサコ〜あなたに捧げるバラード

 ジュンイチは今日もギター片手に道端で歌を歌っていた。通行人たちはそんな彼に一瞥をくれると立ち止まる事なく通り過ぎていった。彼のそばにいるのは鳩と餌をねだる猫と、そして愛しいミサコだけだった。ミサコはジュンイチのそばで耳をそばだてて彼に歌に聴き入っていた。今、ジュンイチは足を止めるものもいない路上で、ただミサコだけのためにギターを掻きむしりありったけの想いを込めて愛の歌を歌った。

 ジュンイチとミサコは大学時代からの付き合いだった。ミサコは大学の軽音楽サークルで激しくギターを掻きむしりがむしゃらに歌うジュンイチに一目惚れをしたのだった。一方ジュンイチもミサコが好きだったが、フォーク歌手を目指すために大学をやめようとしていた彼はそんな彼女の想いに気づきながらも、彼女を茨の道に進ませるわけには行かないと必死に自分の思いを堪えてミサコに接していた。しかし、ある夜の事だった。その夜二人はたまたま同じ道を歩いていたが、ジュンイチがミサコを呼び止めて自分は大学をやめるつもりだと言った。ミサコは彼の言葉に聞いてショックのあまりそのまま泣き出してしまった。彼女の涙を見た瞬間、ジュンイチはしまった余計な事を口走ったと後悔したが、もはやジュンイチへの想いを止められなくなったミサコは溢れる感情そのままに彼への想いを告白したのだった。しかしジュンイチは俺はまともな生活を送れる人間じゃない!俺と付き合っても君を待っているのは茨の道だ!と彼女の想いを拒絶したのである。だが、ミサコはそんなジュンイチにこう言ったのだ。
「それでも構わない!あなたと一緒にいられるのなら!」
 ミサコの言葉に激しく心を動かされたジュンイチはその場で号泣しているミサコを抱きしめた。その夜二人は結ばれた。

 二人は幸福だった。ジュンイチはフォーク歌手を目指すために大学を退学してから毎日路上で自作の曲を歌い、ミサコはそんなジュンイチを支えるために大学を卒業後就職して朝から夜まで働いた。決して豊かな生活ではなかった。安い四畳半のボロアパートで一膳のご飯を二人で分け合う日々。服さえ買えぬ二人は互いのお古を繕って着た。石鹸もろくに買えぬ二人は銭湯でそれぞれ使うために一個の石鹸を二つに割った。お風呂は一緒に出ようねって約束したのにいつもジュンイチが待たされた。そんな貧しい生活であったが二人はひたすら明るい未来を夢見ていた。ジュンイチはミサコに二つの約束をした。一つはジュンイチがフォーク歌手として成功したら結婚すること。そして二つ目はミサコを歌った曲を作ることだった。

 しかし幸福とは短いものである。情熱的に結ばれた恋人も情熱が治まった途端に関係が冷えてしまう。ジュンイチとミサコも例外ではなかった。ジュンイチはいつまでもプロデビュー出来ず、ミサコはそんなジュンイチを励まし続けたがやがてそれにも疲れてしまった。ジュンイチは仕事にでかけたミサコの帰りがちょっとでも遅くなるとミサコを怒鳴りつけた。お前会社の同僚と浮気してるんじゃないだろうな!とまで口にした。ミサコはもうそんなジュンイチにうんざりしてある朝家を飛び出した。

「おばあちゃんの時代ってすっごい変わった服が流行ったんだね!」
 と一緒にテレビを見ていた孫がミサコに言った。テレビでは懐かしのフォークソングと題された懐メロ番組がやっており、時々フォークソングが流行った頃の映像が流れていた。ミサコはジュンイチと暮らしたあのアパートから出てから、両親に縁談をせがまれその縁談相手と結婚した。そして息子と娘を産み、さらにその息子が結婚して可愛い女の子を産んだ。今ミサコのとなりで一緒にテレビを見ているのが今は高校生になるその初孫である。
「そうね……」
 とミサコはつぶやき、テレビの映像を見ながら過ぎ去った青春時代を思い浮かべていた。そういえば、ジュンイチはあれからどうしているのだろう。彼もまた別の誰かと結婚をし、今頃は私と同じように初孫と一緒にこのテレビを見ているのかもしれない。懐かしいわ。あのジュンイチと過ごした日々は今でも忘れない。あれはまさしく私の青春だった。青春の喜びも過ちも今となってはすべてが甘美な思い出だ。ジュンイチあなたもそう思っているでしょ。
「うわあ!なにこの汚いホームレス!なんかギター鳴らしてるよ!」
 孫が突然叫んだのでミサコは物思いから覚めてテレビの画面を見た。テレビでは街頭インタビューをしていて道行く老人にフォーク全盛期の思い出を語ってもらっていたが、そのインタビューに髪はボサボサでペラペラの革ジャンにボロボロのパンタロンのジジイのホームレスがギター片手に割り込んできたのだ。インタビューを受けていた老人はあまりの臭さに耐えられず逃げ出し、インタビュアーもしょうがないから、マスク越しでも激しく伝わる激臭に耐えながらホームレスのジジイにインタビューしていた。
「おじいちゃんもフォークソング好きだったんですか?」
「好きだったってもんじゃねえよ!俺は今までずっとフォークソングを歌ってたんだ!フォーク歌手になるために大学をやめてよお。それから今日までずっとこの道端で歌ってんだ。その頃付き合ってた女がいたんだよ。俺はその女のために歌を作るって約束までしたんだぜ!でも……その女は俺が歌を完成させる前に愛想つかしたのか出て行っちまってよお!だけど今やっと歌を完成させることが出来たんだ。よかったら聞いてくれるかい?」
 インタビュアーはマスクを手で覆いながらうなずいた。するとホームレスはカメラに正面を向けてギターを爪弾きはじめ、まるで語りかけるように歌い出した。

あなたは覚えていますか♫ あのよこちょのアパートで過ごした日々をぉ~♫ 二人で暮らしたあのアパートはぁ~♫ 今はもうないけれどぉ~♫こうして歌っているとぉ~♫ 今も目に浮かんでくるよぉ~♫ 二人で過ごしたあの日々がぁ~♫ だからぁ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ラ~ラ~ラ~♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫ミ~サ~コぉ♫……

「ギャハハハハハハハ!なにこれ超おもろいわ!ジジイ!おばあちゃん!このジジイ、おばあちゃんの名前歌ってるよぉ~!」
 孫がそう笑いながらソファーを転げ回る。ミサコはすくりと立ち上がり無表情で転げ回る孫から無理やりモコンをもぎ取ってすぐさまテレビを消した。そして孫を怒鳴りつけた。

「あなた来年受験でしょ!いい加減こんなくだらないテレビなんか見てないでさっさと勉強しなさい!」

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