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モブドラマ

 人は誰でも物語の主人公になれるなんて大嘘だ。主人公を始めとした物語の登場人物になれるのは一部の人間でしかない。そして世界はその主人公たちで動いている。他の人間はただのモブだ。主人公たちから少し離れたところで行動に一喜一憂して心配したり、茶々を入れることでしか世界と関われない。だけどそんなモブたちにだって登場人物と同じように感情がある。主人公になれなくてもいい、どんな端役でもいい、だけど一言でもいいから台詞がほしいだけなんだ。いつもアホみたいに笑ったり、冷たい目線で主人公を見たりなんかしたくない。俺たちはただ場をちょっとでも盛り上げたり、都合よくストーリーを展開させたりするための道具じゃない。俺たちだってまともな人間なんだ。と彼らは薄暗い原稿用紙の底でいつも泣いていた。

 今ひとりのモブの若い男性社員は眼の前で主人公岡崎康介が男の同僚の榎本弘樹に女性社員の佐々木なおみへの想いを打ち明けているのを聞いて足を止めた。モブは二人の会話を聞いて笑って登場人物にいつもするように主人公の岡崎康介をヒューヒューと囃し立てた。主人公の岡崎康介はモブをチラリと見て苦笑を浮かべながら手を振ってさっさとあっちいけと言った。モブは台本通り笑いながらその場を去った。だけど彼は悔しかった。もう自分の出番は終わりか。一言の台詞もなく物語から退場するのか。俺の出番は終わり。好き勝手にやってくれ。エッチでもなんでもするがいいさ。俺の決して喋ることのできない口説き文句でもほざいていればいいさ。こんな事を思いながら彼は仄暗い原稿用紙の底に帰って行った。

 別の物語のモブの女子高生一行もまた主人公羽鳥千鳥に遭遇していた。彼女が見たのは千鳥がいぢめられている場面であった。数人の台詞ありの女子高生が取り囲んで薄幸な千鳥にタバコを押し付けたり、スカートの下を撮影したりと壮絶ないぢめをしているなか。彼女たちはいぢめを止めることもせずただ冷たい眼差しで眺めていた。そこに入ってきたのが主人公の親友の正義感の強い皆本愛美だ。彼女は入ってくるなり、千鳥といぢめていた女子高生たちの中に割って入り、更にモブ一行に向かってこう怒鳴りつけた。

「ねえ、あなた達どうして止めないの!なんでそうやって何も言わないで突っ立っているのよ!ねえ、なんとか言いなさいよ!」

 しかしそんな事を言われても台詞を与えられていないモブ一行には何も答えようがない。そのモブたちに向かって皆本はさらにこう言って責めた。

「みんななんで何も答えないの?あなた達には口がないの?なんで何も言わないのよ!」

 喋る言葉を与えられていないモブたちになんて事を言うのか。これも一種のいぢめ、千鳥よりも遥かに酷いいぢめではないか。モブたちは心のなかで悔し泣きに泣いた。いくらいぢめられようが千鳥は主人公であり、彼女には辛かろうがとにかく見せ場はたんまりと与えれられている。今自分たちを責めている皆本だって同じだ。それに引き換え自分たちはこの場面が終わったら再び原稿用紙の底に帰らなくては行けないのだ。

 モブたちの住む仄暗い原稿用紙の底には出産間近の主人公たちの卵があり、モブたちはその周りに野ざらしのまま放って置かれている。モブたちは地面で膝を抱えて自らの行く末を考える。ああ!自分はこのまま主人公たちの周りでアホな人間を演じ続けなければいけないのか。まともな台詞一つ与えられずに一生をおくるのか。だけどと、彼らは考える。奇跡が起こって自分たちが主人公に選ばれたしても読者はこんなモブ顔のやつが主人公であることに耐えれず離れてしまうだろう。ああ、自分たちには個性がない。全部が金太郎飴状態の顔と性格だ。それに自分たちはまともに台詞を喋れるだろうか。いざ喋ろうとしても普段と同じことをやってしまうかもしれない。例えばこんな風に。

『岡崎康介は同僚に恋の相談をしようとしていた。彼は何故かヒューヒューと囃し立て始めたが、同僚はいきなり何やりだすんだこいつと訝しんで彼を見た。』

『トイレで主人公羽鳥千鳥はいぢめられていた。だが彼女は何故か一言も喋らず冷たい眼差しで明後日の方向を見ていた。』


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