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骨が先か肉が先か

 とある肉料理専門のバルでさっきから二人の男が言い争っていた。周りにいた者たちはレストランのウェイターにクレームを入れ、それを受けたウェイターも他のお客様が迷惑していますからと二人に注意したが、彼らは注意に耳も傾けず、テーブルの上の皿に乗っていた一本の骨付き肉を間に挟んでひたすら大声で相手を罵っていた。

「バカヤロウ!お前はなんでわからないんだ!ストーリーこそが小説の全てなんだよ!ストーリーがなきゃ何も始まらねえんだよ。お前みたいに登場人物のどうでもいい内面なんか書いたってストーリーがつまんなきゃ誰も読まねえんだよ!この皿に乗った骨付き肉をみろ!もの好きしか食べない骨が三分の一くらい占めている骨付き肉がどうして普通の肉より高いか考えた事はあるか?そりゃ骨があるからだよ!小説もそれと同じだ!骨のない小説はただのクズだ!あのドストエフスキーだってちゃんとそれはわかってた!だからドストの小説はいまでも面白いんだよ!ちまちました人物描写やってる暇あったら面白えストーリー描く努力しろ!」

「あなたアホですか?ストーリーなんかガキでも書けんだよ!お前は面白いストーリーとか言うけど、人物描写に深みがなかったらストーリーなんか面白くもクソもねえじゃねえか!結局は人物描写なんだよ!さっきお前が例にあげたドストエフスキーだってストーリーじゃなくて人間描写の深みで読まれてんだろうが!いいか?ストーリーだいちゅきなお子様のボクに教えてやるけどな!ストーリーなんてのは登場人物の葛藤から自然に生まれてくるんだよ!お子ちゃまのボクにはわかんねえだろうけどな!この皿の骨付き肉だってそうじゃねえか。さっきお前骨があるから骨付き肉の方が高いとかアホなこと言ったよな?俺はそれ聞いてお前がお子ちゃまで限りなくアホだって事がはっきりとわかったわ!あのな、骨付き肉が普通の肉より高いのは普通の肉よりボリュームがあるように見えるからだよ!つまりみんな骨より肉の方がはるかに大事なんだよ!」

「ケッ、テメエは学校の先生気取りかよ!バカが教育者ぶって優越感アピールしてんじゃねえよ!もう一度言うぞ!小説ってのはストーリーだ!作家はストーリーで十分に人を感動させる事が出来んだよ!登場人物なんてストーリーを展開させるための駒でしかねえよ!行動もそう会話もそう、作家はいろんなとこに伏線張り巡らして読者をラストにまで導くんだ!このカス!これでお前がどんだけバカかわかったか!」

「そうやって声圧でなんでも論破できると思っているところがお子ちゃまだねお前は!さっき俺言っただろうが!ストーリーなんて登場人物の葛藤から生まれてくるんだって!例えばお前みたいなストーリー好きのお子ちゃまみたいにハイ男と女が出会いました。そして付き合ってエッチしましたみたいな単純なもんじゃ小説は成り立たないんだよ!やっぱり男と女の背景を深く掘り下げてその心情を赤裸々に書かなきゃダメなんだよ!わかったか!このお子ちゃま野郎!」

 二人は一歩も引かずそれからも骨付き肉を間に挟んで相手を口が酸っぱくなるまで罵っていたが、だがガタイのいい店員がやってきて両人の首を掴むと二人は一瞬にして黙ってしまった。ガタイのいい店員はもう餓死寸前のように怯えきった二人を目を剥いて見てこう言った。

「お二人さん、他のお客さんが迷惑してるから出て行ってもらうね。勘定ここで払ってもらうから伝票の代金出して」

 しかし二人はもう今度は骨が砕けそうなほど震えて口をへの字に結んだまま固まってしまった。

「あのお客さん、お代は?」

 こおガタイのいい店員の怖すぎるほど静かな声を聴いた途端二人は耐え切れずとうとう泣き散らかして謝った。

「ごめんなさい!僕たち一円も持っていません!」

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