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全身女優モエコ 第三部 第十五回:モエコ更生する!

 私と真理子は玄関でスケ番そのまんまの格好で吸ったこともなさそうなタバコをフカしているモエコに唖然とした。真理子などはこのモエコの変貌にビックリして声すら出なかった。この変わりようはなんだ。それに一体どこをほっつき歩いていたんだ。私はタバコ片手にドアに寄りかかっているモエコを叱り飛ばした。

「人を心配させやがって!一体お前はどこほっつき歩いていたんだ!タバコなんかふかしやがって!それにその格好はなんだ!元の服はどこへやったんだ!」

 スケ番モエコは私の説教を聞くと舌打ちしてこう言い返してきた。

「アタイがせっかく戻ってきてやったのにそのセリフはなんだい?アタイは更生したんだからもうガタガタ言うんじゃないよ!マネージャーだったらオーディションに出ることにしたアタイを笑顔で迎えいれるもんじゃないのかい!」

「やまかしい!大体お前はいつスケ番になったんだ!モエコいい加減ふざけるのはやめろ!」

「そうよモエちゃん!あなたにはそんな下品な格好似合わないわ!」

「うるせえんだよ!アタイみたいな田舎もんの純真な美少女を一瞬でぐれさせるのが東京って街じゃねえか!本当だったらそのままアンタらんとこからバックれてたんだよ!大人だったら誘惑に負けずにオーディションに参加するって言ってくれたアタイを褒めるもんだろ!」

 モエコの逆ギレに真理子は泣き出した。ああ!妹同然のモエコがたった数時間でグレてしまうなんて!真理子はモエコに向かって叫んだ。

「モエちゃん!何があったの?私に話して!全部聞いてあげるから!」

「チッうっせえな!きれいな顔クシャクシャにしてギャアギャア泣き喚くんじゃねえよ!そんなに話せって言うなら話してやろうじゃないか!なんで田舎の天真爛漫な美少女のアタイがここまでグレたか。そしてそんなグレきったアタイがどうしてここにまた戻ってきたか。洗いざらい全部話してやるよ!」

 モエコはそう言って私と真理子を睨みつけると持っていたタバコを玄関の床に投げ捨てた。そして靴で踏んで消し終わると軽くため息をついてから話し始めた。

「あれはアタイがアンタんたちのところから飛び出して一時間ぐらい街を彷徨っていた時のことだ。あの時アタイは煌めくネオンサインを浴びながら絶望的な気分で歩いていたのさ。やっぱりアタイらみたいな田舎もんは都会じゃゴミ扱いだ。大人たちはアタイらなんかどうでもいいんだって思いながらね。そんなアタイに向かって誰かが声をかけてくるじゃないか。アタイは声のした方を見たんだよ。したら頬に傷のある蝶ネクタイのオヤジがそこにいたんだ。オヤジは言ったよ。『おい、姉ちゃん。金欲しいかい?いい店紹介するから俺についてこいよ。たっぷり稼がせてやるぜ!』田舎もんの純真で天使のようなアタイにもこのオヤジがカタギじゃないってことはわかっていたさ。だけどアタイはやけのヤンぱちになってたからね。いっそ救いようのないほどグレちまえって思って『いいわよ。モエコ、今とってもお金が欲しい気分なの』とか言ってオヤジの後について行こうとしたんだ。その時さ。誰かがアタイを呼んでるじゃないか。『お嬢ちゃん!そんな奴について行っちゃいけないよ!』アタイは声のする方を見たんだ。そこにいたのは髪の短い女だった。年はアタイより二三才上かな。彼女はアタイを呼ぶとこっちに近寄ってきてオヤジをぶん殴ったんだ。アタイはなんだかわからなくなっちまってその場に立っていたら女がアタイの腕を掴んで引っ張るじゃないか。アタイは痛いから『モエコのか弱い手に触らないで!』って言って女をボコボコにしようしたんだけど、女は『早く逃げるんだよ!』って言ってそのままアタイを引っ張って無理矢理引き摺ったんだ。『あれを見なよ!』って女が首を振ると周りのチンピラまで目を血走らせながらアタイたちを追っかけてるじゃないか。女はアタイに言ったんだ。『アンタ、奴らに捕まったら殴られるだけじゃ済まないんだよ!傷物にされて挙げ句の果てに売春島送りにされちまうよ!いいからアタイと一緒に逃げるんだよ!』それからアタイたちはむちゃくちゃ逃げた。アタイは東京の怖さを全身で感じたんだ。感じすぎていつの間にか逆に女の手を引っ張って逃げてたんだ。アタイは絶叫しながら女の手を引っ張って街を駈けたんだ。そして女と一緒にオンボロアパートに入ったんだけど、入った途端女がアタイを平手打ちするじゃないか。アタイは何すんだとグーでボコボコにしようとして女の顔をみたら、彼女泣いてるじゃないか。彼女は泣きながらアタイを叱ったんだ。『アンタ!まだ若いのに人生捨てるようなことするんじゃないよ!』アタイはその場で号泣したよ。だって今まで叱られたことなんて一度もなかったんだよ。はぐれもののアタイは親も周りの人間もみんな煤っ子だってはじかれていたんだ。だけどここにアタイを本気で叱ってくれる人間がいる。その人の名前は五月さ。アタイのたった一人のマブダチなんだよ!』

 そこまで言うとモエコは激しく泣き出した。泣きながら玄関の床を何度も叩いた。私たちはたった数時間の間にそんな事があったのかと驚き、そして真理子がその五月さんとはどうなったのか聞いた。

「ああ!五月の事を話すのは辛いよ!だってもう彼女はもう……。で、アタイはそれから五月のオンボロアパートでずっと泣いていたんだ。そんなアタイに五月が尋ねてくるじゃないか。『アンタどこの生まれだい?』ってね。アタイはこのたった一人のマブダチにアタイのすべてを話したんだ。小学生時代からテレビ代欲しさにおじさんたちとお友だちごっこしたこと。小学校の文化祭でいぢめられながらシンデレラを演じたこと。それからトイレ休憩と食事休憩を挟んで、中学から高校時代の演劇大会の県予選でカルメンの舞台中に刺されたとこまで全部話したんだ。五月はアタイの話を聞いて泣いてたよ。あんたアタイとおんなじだね、おんなじように世間から爪弾きにされてたんだね。って慰めてくれたんだ。アタイは五月に抱きついて思いっきり泣いたよ。やっとアタイをわかってくれる人がいたんだって。五月も同じように自分の過去を話してくれた。彼女もアタイと同じように九州に生まれたんだけど、彼女は母親の連れ子で母親の旦那に迫られたりしたのさ。それでグレちまって中学を卒業する前に家を飛び出して東京に来ちまったんだ。五月は話の終わりににアタイに言ったよ。『モエコと話してると、忘れはずの故郷が浮かんでくるよ。あのモクモクとした煙を噴き上げる火山。ろくな思い出なんかないのに涙が出てくるよ』それから五月も泣き出した。九州の田舎女二人で抱き合って泣いたんだ。そうしてひとしきり泣き終わった後で五月がモエコに見せたいものがあるって言って押し入れをがさごそ探し出したんだ。そして一枚の色紙をアタイに見せてくれた。その色紙には『女』って字が沢山書いてあるんだけど何故か真ん中に赤字で丸が書いててその中には何も書かれてないんだ。五月はアタイに言ったんだ。『これ、中学の時女の先公がグレまくったアタイを更生させるために出した宿題なんだ。この色紙の丸の外に『女』って書いて全部埋めろ。そして全部埋めたら丸の中に当てはまる漢字を考えて書けってさ。その先公は女には珍しく熱血教師でさ、グレたアタイを更生させようと必死になってくれてたんだ。結局アタイは先公が望んだように更生出来なくて学校から飛び出しちまったけど、でもそれからずっとこの問題の答えを考えてるんだ。だけどアタイ小卒のバカだから考えても当てはまる漢字なんか思いつかないよ。なぁモエコだったらわかるだろ?アンタ県内有数の進学校に行ってだんだから』アタイは五月の色紙を見た瞬間、稲妻が落ちるほどの衝撃を受けたんだ。『女』の真ん中にあるもの。それはあの言葉しかないじゃないか!一瞬で解っちまった。むしろ答えがアタイを待ち侘びていたぐらいさ。『優』これが色紙の答えだった。恐らくその先公は五月には優れた女になれって言いたかったんだ。アタイは五月に答えわかったよって言ったよ。それを聞くと五月はひどく喜んで早速ペンを持って早くお書きよってせがんだんだ。だからアタイ丁寧に大きく書いてやったよ。『優』ってさ。したら五月が尋ねてくるじゃないか。これなんて書いてあるんだい?って。だからアタイは教えてやったさ。『この『優』って字は優れるとかそういう意味さ。優勝とか言うだろ?その頭についてる字さ。その先公はアンタに優れた女になれって言ってるんだよ』五月はアタイの話を聞いて感激のあまり泣き出したんだ。泣きながら先生ゴメンよ!アンタの言う通り優れた女になれなくて!』ってさ。で、彼女は何か気づいたらしくてアタイの肩を叩いて言ってくるじゃないか。これって『優』の前に女置いたら『女優』じゃないか。まるでモエコじゃないか!』『女優』ああ女優!チキショウ!グレて女優への夢を捨て去ろうとしても女優はどこまでもアタイにこびりついてくるじゃないか!五月は言ってくれたんだ。『モエコは女優になるために東京に出てきたんだろ?こんなとこで道草食ってる場合じゃないよ!ここはアンタのいる場所じゃないんだよ!』アタイは泣きながら言ったんだ。『でも出て行く時はアンタも一緒だよ。アタイたち二人でこの裏社会から出て行くんだ!』だけど五月はアタイの言う事を聞いて急に暗い顔になったんだ。そして言ったのさ。『ありがたいけどアタイには出来ないよ。アタイはモエコと違ってグレきって裏社会にすっかり染まってしまったのさ。もう心も体も汚れきってどうしようもなくなっちまったのさ。アタイみたいな汚れ切った人間は一生裏社会に生きるしかないんだ』それを聞いてアタイは思わずバカヤロー!って叫んで五月を思いっきり殴ってた。そして言ってやったんだ。『ふざけんじゃないよ!アタイには人生捨てるなとか言っといて自分はどうなんだい!アンタだってまだ若いじゃないか!今ならやり直せるはずなんだ!だからアタイと一緒に裏社会から脱出するんだよ!一人じゃできなくても二人だったら出来るだろ?五月!勇気を出すんだよ!』五月はアタイの言葉に何度も頷いて泣いてたよ。泣きながら彼女は言ったんだ。『モエコ、アタイも真人間になれるかな?あの先公みたいに優れた女になれるかな?』『当たり前じゃないか!アンタなら絶対真人間になれるよ!』アタイたちはまた抱き合って泣いたんだ。そして二人で人生を一からやり直すんだって笑顔で話し合ったんだ。だけどその時部屋のドアを叩く音が聞こえてきたんだ。アタイは悪い予感がして五月に開けちゃダメだって言おうとしたんだけどもう遅かった。五月は開けちゃいけないドアを開けちまったんだよ!開けた途端さっきのチンピラたちが部屋になだれこんできた。奴らは言うじゃないか。『やっと見つけたぜ!いつもいつも人の仕事の邪魔しやがって!今日という今日は許さねえぜ!オメエのいろんな穴に棒ぶち込んでやるぞ!』『何が仕事だい!そうやっていたいけな少女を売春の道に誘うのが仕事だって言えるのかい?アタイは自分みたいな被害者を増やしたくないからアンタらから少女たちを守っているだけじゃないか!』『やまかしいわボケ!おい、奥にいるガキさっさと返せ!そのガキ上玉だからなんだから早く寄越せ!』『うるせえんだよ!誰がモエコを渡すか!この子はアタイのただ一人のマブダチなんだよ!アンタらなんかに渡してたまるか!』するとチンピラの一人が部屋に上がり込んでドスをチラつかせながらアタイの方に寄ってくるじゃないか。『お嬢ちゃん、言うこと聞かないと刃物で刺しちゃうよ。おじさん本気だよ!ブスりとひと突きでイっちゃうよ!』アタイはあの演劇大会で刺された事を思い出して発狂して暴れまくったんだ。死にたくない!死にたくないって喚きながら。だけどチンピラはギャアギャア喚くんじゃねえってドスをアタイに向かって振り下ろしたんだ。その時突然五月がアタイの前に飛び込んで来て、ドスはその彼女の腹を思いっきり突き刺しちまったんだ!ドスを刺された五月の腹からは血が花火のように吹き出してた。チンピラたちは吹き出した血にビビって一斉に逃げちまった。アタイは倒れた五月を抱えて必死に叫んだよ!『五月!今から救急車呼ぶからな!もう少しだけ我慢しろよ!』すると五月は驚くぐらい穏やかな表情で言うじゃないか。『ヘッ、アタイもヤキが回ったもんだね。裏社会の極悪蝶と言われている五月さんがこんなとこで死ぬなんて……。モエコ、ゴメンよ。アタイ最後まで裏社会から出られなかったよ。だけどアンタは……アンタはこの世界から出るんだよ。そして女優への夢を叶えるんだよ。絶対だよ。アタイ……あの……世から……見守っているからね』『五月ー!!』」

 モエコはマブダチの名前を叫んで突然ガックリと崩れた。真理子はモエコを支えて泣きながら彼女に尋ねた。

「その五月さんはそれからどうなったの?答えて!お願いだからモエちゃん答えて!」

 だがモエコは真理子の言葉に応じない。彼女は自分でもその先を話すのが辛いのか何度も目を閉じて頭を何度も振った。ああ!やっとできたマブダチの突然の不幸。その結末は流石に話すことはできないのか。傷ついたモエコはそのまま深く目を閉じた。真理子はモエコが死んだかと驚いてモエコの体を必死に摩ったが、やがて彼女の口からいびきが聞こえたので手を止めた。モエコはどうやら眠っているらしかった。


 やがてデカいイビキを思いっきり立てて寝ていたモエコが目を覚ました。私たちはモエコに対してさっきの話の続きを聞かせてくれと言ったが、彼女は何も覚えておらず、私と真理子が代わる代わるにさっきの話の事を尋ねてもモエコははぁ?とか言うばかりだった。焦れた真理子が話の中に出てきた五月の事を聞いたのだが、モエコはなにそれ?死んだって誰が死んだの?と全く要領を得ない答えしか返ってこなかった。それで真理子が結局あなたは夜中は何をしていたのと詰問すると、モエコはあっと声を上げてしゃべり始めた。

「思い出したわ!その五月ってスケ番!そいつ手下連れてモエコにカツアゲしようとして近寄ってきたから思いっきりぶん殴ってやったの。そしたら連中ビビっちゃって、そんな格好してこんなとこ歩いているからバカなお嬢さんだと思っていました。ここを歩く時はアタイらみたいな格好しないと舐められますよ、とか言って服買ってくれてタバコとメイクまでしてくれたの。途中でアホなチンピラがたかってきて風俗の勧誘にきたけどムカついてボッコボッコにしてやったわ。ああ!それからスケ番たちとずっと暴れまくって遊び呆けてだんだけど楽しかったわ〜!」

 私と真理子は呆れて怒る気にもなれず、まだ喋りまくっているモエコを放っておいてとりあえず冷蔵庫にあったもので軽い朝食をとった。


 翌日のモエコのオーディションについては特にここで詳しく語るまでもないだろう。彼女は見事に役に受かった。全身スケ番ルックで決めタバコをふかし、やたら凄むその姿はどう見てもスケ番だった。モエコはスケ番よろしく同じオーディションに来ていた役者に向かって「アタイをナメんなよ!」と凄みビビらせまくったものだ。

 さて、モエコがオーディションに見事合格したこのドラマは真理子の他にもモエコと関わりのあったあの人物が出演するのだが、それは次に話すことにする。



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