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お盆に帰れぬ夏

 昨日田舎の兄から電話があった。兄は私が電話に出るなり今年は絶対に帰ってくるなよと言ってこちらの返事も聞かずに切ってしまった。まぁ何年も帰ってないし、今年も帰るつもりはなかったから帰ってくるなと言われてもないそうですかで終わるのだが、こうあからさまにつっけんどんな態度をとられるとそれなりに傷つくものだ。私は電話を切った途端急に落ち込んできてスマホを持ったまましばらく床に蹲っていた。

 私と兄は非常に仲が悪い。子供の頃は仲が良く一緒に遊んでいたけど、成長してゆくうちに段々口を聞かなくなった。兄はバカで大学に行けなくて仕方なしに田舎の農家を継いだから、成績優秀で東京の大学でキャンパスライフを送っていた私が憎くて口も聞きたくなくなったのだろう。それでも私が田舎に帰るたびに両親ともに兄は作り笑いで私を迎え入れてくれて私の同級生まで呼んでくれてはいたものだ。あの頃は今のような私に対してあからさまに敵意を見せてはいなかった。恐らく兄が私を徹底的に嫌うようになったのはあのことがあったからだろう。


 五年前私は久しぶりに実家に帰った。兄と両親は笑顔で私を迎えてくれて早速お前の友達を呼んでやるからと私の同級生に電話をかけまくっていた。私がもうスマホで連絡済みだからと言っても何がスマホだべさ、そんなスルメみてえなモンオラにはわからねえべさと電話口の同級生に向かって今すぐくるべさと呼びつけていた。私はこういう田舎の押し付けがましさが嫌いで東京に出たのだけど、改めてこういうものを見せられると全くイライラする。兄は実は私のことなど好きどころかむしろ嫌っているくせに自分の善意をアピールするためだけにこんな事をしているのだ。要するに彼のしている事はただの自己満足に過ぎないのだ。そして夕方になり同級生がやってきて私たちは久しぶりの再会を喜び合った。

 事が起こったのはその友人との酒の席でのことだ。私はすっかり田舎のおばさんと化した同級生たちを心の中で軽く嘲笑いながら彼女たちの近々を聞いてまわった。私は彼女たちのつまらない現状を聞きながら、自分が大学に行かず田舎にいたらこんな人間になってしまっていたのだろうとゾッとしてやっぱり東京に出てよかったと思った。

 ここまで書いたものを読み返してみると自分はなんて嫌な奴なんだと思うし、今これを読んでいるあなたはよりそう思うだろう。だってあなたは私の事をこの文章でしか知らないし、この文章は嫌な私しか書いていないのだ。だけど本当に書きたいのは私の性格ではなくて、もっと大事なことだ。

 兄は私と同級生に酒を勧めて必死に場を盛り上げようとしていた。だけどなかなか場は盛り上がらなかった。同級生達の近況報告はひたすら退屈だったから、私は東京自慢して盛り上げてやろうとしたけど彼女たちは田舎者のくせに全く無反応だった。会話は続かず度々気まずい沈黙が流れた。兄はそんな私たちを見ていたたまれなくなったのかちょっとお勝手いってくると言って茶の間から去った。私はもう田舎のババアとかした同級生たちにウンザリしていたので、これはいいタイミングだと思ってもうお開きにしましょうと同級生に声をかけようとした瞬間だった。突然戸が開いくとそこから裸の兄が両手にお盆を持って現れたのである。私達は驚いて口をあんぐりさせて彼を眺めた。兄は私達に向かってお盆芸を披露し始めた。二つのお盆で男性のまたの間を隠すあれだ。その兄を見て私は昔親戚のおじさんがおんなじようなことをやっていたのを思い出した。こういう下品でつまらない芸は田舎ではバカウケするのだ。その場にいた男は勿論母のような女まで笑っていた。兄は勿論バカだったからおじさんのお盆芸に笑い転げていた。やっぱり田舎は何処まで経っても田舎。田舎者の同級生たちは兄のバカなお盆芸に笑笑い始めた。私は不愉快になり兄に向かってやめさせようと立ち上がった。その時兄はお盆を持った両手を高く掲げてしまったのだ。勿論下は何も隠されてはいない。沈黙が流れるなか私は恐る恐る兄の下半身を見た。兄は皆を驚かそうと必死にジャンプなんかしていた。そんな兄を見て皆一斉に黙り込んでしまった。しかし兄はその私達の視線に気づかず一人はしゃいでいた。私はたまらず兄に向かって言った。

「お兄ちゃん。そんな皮の被った小さいもの人に見せたら惨めになるだけだからやめな。いい加減早く手術したほうがいいよ」



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