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《連載小説》BE MY BABY 第十四話:伝説の武道館ライブ その3

第十三話 目次 第十五話

『サンシャイン・マウンテン』の演奏を終えたRain dropsは楽器から手を離して照山を見た。照山はメンバー一人一人に頷いてから観客の方を向いて話し始める。

「みんな盛り上がってるかい?」

「盛り上がってるよぉ〜!」

「ここで、こっからしばらく一ヶ月前に出た僕らのサードアルバム『少年B』からいくつか曲を演奏します。このアルバムいろんな人たちから評判良くて僕らすっげえ喜んでます。だってこのアルバムホントに四人だけで作ったんですよ。勿論お目付け役の(笑)プロデューサーさんはいたんですけど、ほとんど僕らの自由にやらせてもらいました。楽器なんかマジで僕と有神のギター二本と草生と家山のベースとドラムだけしか入ってないんですよ。僕たちがそれでやりたいって言った時流石にみんな困った顔してましたね。だけど僕たちは絶対にそれでやりたいって無理矢理説得したんです。今度のアルバムは裸の僕らを(照山が裸と言った瞬間一部悩ましい歓声が漏れた。)みんなに見せてやりたいって思ったからぁ!」

 観客はこの照山の力強いMCに会場が震えるほどの拍手と歓声で応えた。

「みんなへの感謝としてこの『少年B』からいくつか曲を、僕ボーカルとギター担当の照山、ノエル・ギャラガーよりずっと背の高いギターの有神、おちゃらけ野郎のベースの草生、放っておくとすぐ太っちゃう家山のRain dropsの四人がお届けします!今までライブで演ってない曲もあるから聴き逃がさないでね!『少年B』第一曲目!」

 第一曲目と照山が叫んだ瞬間客席に猛烈な絶叫が起こった。あの曲といったらアレしかない。あの曲しかない。

「この曲を音楽番組で初めて演奏した日の事を今も鮮明に覚えているよ。あの時は生演奏でやるのは初めてですっごい上がっていたんだ」

 鮮明に?美月は照山がライブのMCで自分の番組の卒業回の事を触れるとは思わなかったので驚いた。ああ、ありがとう照山くん。まさかライブであの最終回の事を喋ってくれるなんて。照山くんやっぱりあの時緊張していたんだね。だからあんな目を魚みたいに危険なほどガン開きにしていたんだね。クスリのせいじゃなかったんだね。ああ!今も思い出すよ。

「今回この曲を東京のライブ会場で演るのは初めてなんだ。だから今僕はすっげえ緊張してる。じゃあいくよ!少年だったぁ〜!」

 そう叫ぶと同時に照山はアルペジオでギターを弾き始めた。ああ!いつもより遥かに鋭角的なアルペジオだった。それはまるで少年の心の棘のように痛ましい。その下から有神のディストレーションをかけた太いギターが立ち上ってきた。さらにその後を草生のベースと家山のドラムが猛追撃してくる。その怒涛のように押し寄せてくる波のような演奏の中照山は少年のような澄み切った声で叫ぶ!「夕暮れの中、膝を抱えて、沈みこむ、僕は少年、十五歳の少年!」ファンは純粋さと痛みを切なく曝け出して歌う照山に涙を漏らした。ああ!美月もまた泣いていた。ああ!どうしてあなたはそんなに純粋なの?純粋すぎて純粋すぎて私が醜く思えてくる。ああ!照山くん、やっぱり私なんかがあなたから少年を奪っちゃダメなんだよ。こんな醜い私が……。

 だがそんな美月の躊躇いは「少年だった」のサビで吹き飛ばされてしまった。「少年だった!少年だったぁ!僕は少年だったぁ〜!」と照山は少年をむき出しにして叫んだ。観客はそのあまりの純粋さにたまらず泣き出して絶叫した。美月は照山の少年の叫びを聴いて躊躇いをかなぐり捨てて観客と同じように泣いて絶叫した。ああ!照山くんは私に少年を捧げるために今日ステージに立っているんだからちゃんと受け入れなきゃダメじゃない。ゴメンね照山くん。私最後まであなたを受け止めるから!会場の少年だったの絶叫が響き渡る。今ここにいる観客の誰もがこの瞬間を胸どころか全内蔵に刻みつけただろう。この武道館の『少年だった』は間違いなくRain dropsのライブ史上最高のものだった。ステージの照山は自分に向かって叫ぶ観客を見ながら客席のどこかにいるであろう美月を思った。美月さん、聴いてくれたかい?今歌った『少年だった』は君に捧げたんだ。僕の一番のファンだった君に。

 それからRain dropsは『少年B』の収録曲を立て続けに演奏した。それらの楽曲はRain dropsが確実に新たなステージに立った事を示すものだった。『少年だった』に引き続き爆走する『ナイフを持った少年』シューゲイザー風味の夢見るかのような『白日夢』叙情的に奏でられる『まだ天使になるなよ』アルバムのラスト前の曲で異様な切迫感に満ちた『A-Z Generation』。中でも特筆すべきは今回ライブで初演奏する『君が嗤った』である。この照山の世界中の苦しんでいる人全てに捧げますという曲紹介と共に演奏された曲は、淡々とギターを刻んだ隙間だらけの十分以上に渡るヘビー曲で、照山は裸の王様を告発する子供のように人間と世界の不条理を告発した。「君が嗤った。僕を嗤った。弱い人たちを嗤った。純粋な人たちをただ嗤った」この曲で照山は世界の不条理を見事に凝縮してみせた。まるで丸めた頭をテカらせて強靭な言葉で革命を歌ったあのマヤコフスキーのポエジーのように観客に見せたのである。曲を聴いた観客はマイナーコードのリプを淡々と刻みながら歌う照山に向かって叫んだ。「私は照山くんを嗤ったりしないよ!」「ゴメンなさい!私昔弱い人を嗤った事があります!照山くん許して!」美月は『少年B』が発売されてからずっとこのアルバムを繰り返し聴いていたが、この曲だけはいつも飛ばしていた。それは曲が好みではなかったからではなく、歌詞の内容があまりにも身につまされ過ぎて耐えられなかったのである。自分は歌詞のように人に嗤われたりしたこともあるし、逆に嗤ったこともある。この曲は彼女にそんな自分の醜い部分を否応もなく見せつけたのだ。美月は耐えきれず思わず耳を塞ごうとしたが、それはできなかった。ステージで歌う照山の姿がそれを止めさせた。ああ!照山くんは私に自分の醜さを見よと言っているんだ。見なくちゃ、私自身の醜さをこの目でハッキリと見なくちゃ。照山くんに向き合えるように。美月はステージの照山を見た。するとその時だった。曲がまるで雨上がりの空のように明るくなったのだ。照山はメジャーコードを弾きながらこう叫んだ。「だけど僕は君たちを殴ったりしない。ただ微笑むだけさ。微笑むだけさぁ〜!」照山がこのサビのフレーズを歌った途端客席から嗚咽の声が響いた。ああ!ステージの照山は穢れなき少年そのものだった。世界の穢れを全て浄化するあの天使のような少年そのものだった。Rain dropsは客席に向かって光り輝く音の雨粒を降らせた。ああ!なんてことだろう!今客席のファンの涙の光とRain dropsの音の雨粒の光が一つの光になって武道館の会場を照らし出した。美月玲奈もまた泣いていた。彼女はこの曲を聴いて自分の嫌な部分が浄化されていくのを感じていた。ああ!ありがとう照山くん、あなたのおかげで救われたような気がするよ!私Rain dropsを好きでよかった。ホントによかった。

 それからライブはとんでもなく盛り上がった。もうRain dropsの在庫一層セールだった。照山たちRain dropsはある限り曲を演奏しまくりアルバム曲だけではなくシングルのB面の曲まで演奏した。観客はこの立て続けのサプライズに狂喜し、一部でトイレタイムと揶揄され、実際に完全に恒例のトイレタイムになっていた有神のオアシスのパチモンみたいなつまらなさマックスのソロナンバーさえ喜んだ。そうして大盛り上がりのうちに一旦ライブは終了し、Rain dropsはステージから去った。観客は照山たちを呼び戻そうと声を張り上げてアンコールを連呼した。美月も同じように叫んだ。会場がアンコールの叫びで覆い尽くされた。その絶叫の中照山たちRain dropsは再びステージに現れた。

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