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《不定期連載》全身女優モエコ 第十二回:文化祭直前の大事件 後編

 その絶叫で我に返ったモエコは何事かとあたりを見回した。見るとアリーナにクラスの女子生徒が集まってその真ん中に顔中がサツマイモみたいにボコボコになった担任がシンデレラ役の女子生徒を抱きかかえているではないか。彼はボコボコ顔で女子生徒に向かって必死に呼びかけていた。

「どうしたんだ!大丈夫かぁ!大丈夫かぁ!」

 しかし女子生徒はなかなか目を覚まさない。どういうことだ?担任は女子生徒の額に手を当てると、そのサツマイモみたい顔から汗と血を噴き出して叫んだ。

「大変だ!これはかなり熱があるぞ!大変だ!今すぐ保健室に連れていかなくては!」

 そして担任が顔から血を噴き出しながらシンデレラ役の女子生徒を背中に乗せようとした時、女子生徒は切れ切れの声でこうつぶやいた。

「わたし……シンデレラなんてやりたくない。もうヤダ……」


 担任は顔から血を噴き出しながらシンデレラ役の女子生徒を背中に乗せると、頭から垂れてくる血を拭おうともせずに一目散に保健室へと向かった。体育館に残された女子生徒たちは王子役の男子生徒の周りを取り囲んで彼に詰め寄っていた。

「アンタのせいだからね!どうしてくれんのよ!あの子はああ見えて意外に傷つきやすいのよ!そんな彼女にあんな酷いこと言って!ああ!もうどうすんのよ!シンデレラ役のあの子があんなんなっちゃったらもう舞台できないじゃない!終わりよ!」

「うるせいなブス共!もっとまともな女をシンデレラにしときゃこんなことにはならなかったんだよ!でもまあ、このクラスにはまともな女は誰ひとりいないけどな!」

「お前、殺してやろうか?」

「へっ、シンデレラがこれじゃ俺が王子なんてやる必要ねえよな!ハッキリ言っておくけど俺はお前らのうちの誰かがシンデレラやっても絶対に王子なんかやらないからな!」

「チクショウ!人をブス扱いしやがって!その顔面を一生使い物にならないようにしてやる!」

 王子役の男子生徒の悪罵に完全にブチ切れた女子生徒たちは男子生徒に向かって持っていた箒を一斉に打ち下ろした。男子生徒は慌てて顔面を殴られまいと頭を抱えて縮こまる。しかし女子生徒たちはその頭を守る両腕を剥ぎ取り箒を打ち下ろしたその時、体育館の入り口から担任の怒鳴る声が響いたのだ。

「おい、何やってるんだ!喧嘩はやめろとさっき言ったばかりじゃないか!」

 その声を聞いたクラス一同は一斉に入り口の方を見て、そして唖然とした。なんと担任が包帯で顔中グルグル巻きにされてまるでミイラみたいになっていたからだ。これでは喋らなかったら誰も担任だとわからないではないか。ミイラ姿の担任はみんなが落ち着くのを待ってから話し出した。

「アイツは急病で一週間絶対安静しなきゃならなくなった。アイツはもうシンデレラを演じることが出来なくなったんだ。あんだけハリきってシンデレラをやっていたのに……。でも、アイツはきっとみんなが一致団結してシンデレラを成功させることを願っているはずなんだ!みんな!そんなアイツのためにも今回のシンデレラを絶対に成功させるんだ!お前らなら出来る!俺たちクラスの団結力を他のクラスの連中に見せてやろうぜ!さぁ、この中でアイツの替わりにシンデレラをやりたい奴はいるか?やりたい奴は遠慮しないで前に出ろ!」

 しかし、前に出るものなど誰もいなかった。というより担任の話など誰も聞いていなかった。女子生徒たちと王子役の男子生徒は担任の言葉など無視して罵倒しあっていた。

「あの子だけならともかく私たちまでブス扱いするなんて許せない!オマエだけは絶対に許せない!」

「うるせえ!このブス共!お前らの相手をしなきゃならねえ俺の気持ちを考えたことがあるのか!俺はこの学校一番のハンサムボーイなんだぞ!」

 あまりに酷いこの有様にとうとう担任がブチ切れた。彼は包帯の顔を血で真っ赤に染め体育館が震えるほどの声で絶叫した。

「お前ら!人の話を聞け!」

 ああ!なんと醜いのか。クラスメイトが病気で倒れたというのに、彼女を心配するどころかブスだのなんだのホントの事を言われたからって辺り構わず怒鳴り散らすとは!モエコはステージの上からその光景を見て、人間というものがつくづく愚かしい生き物だということを思い知った。彼女は今もステージにいる木の役の男子生徒にそんな人間の醜さを見せまいと、彼らがアリーナの騒ぎを見ようと前に進もうとすると思いっきり棒で殴って止めさせた。シンデレラはどうせあの子達の誰かがやるはず、みんなブサイクのくせに目立ちたがり屋だから、下手な演技で恥ずかしげもなくシンデレラを演じるのよ。でもモエコはそれでも構わない。だってモエコは木なんだもの。このシンデレラを支える一本の細い木なんだもの。このか細い腕で演技が幼稚園児並みのブサイクなシンデレラを支えてあげる。モエコがそう心に決め、そして再び木を演じようとした瞬間だった。箒を振り回した女子生徒に追われた王子役の男子生徒がステージに上がりこんできたのだ。彼は木の役の男子生徒たちを指差して箒を持った女子生徒に向かって叫んだ。

「おい!このブス共!俺の代わりにコイツラの誰かを王子にしろよ!お前らにはコイツラがお似合いだぜ!」

 モエコはステージに突如上がりこんできた王子役の男子生徒のあまりに無礼な行為に自ら作り上げた神聖なもの冒涜された気がした。ああ!呪わしい!この野蛮人め!鉄槌を食らわせてやる!激怒したモエコは絶叫し王子役の男子生徒に掴みかかると、そのまま生徒の顔面めがけて思いっきり平手打ちを食らわせたのだった。バーン!という凄まじい音が体育館に鳴り響く。その音に箒を持った女子生徒も、包帯を巻いた顔が真っ赤になった担任も、皆呆然としてモエコを眺めた。そしてモエコは頬を抑えてうずくまる男子生徒に向かって言った。

「ここは私が作った神聖な森なのよ!オマエのような汚れた人間の来るところじゃない!去れ!とっとと失せろ!去らないならばオマエを……」

 モエコはそういうなり棒の鋭く尖った先端を男子生徒に向けた。そして思いっきり突き刺そうとした。

「うわあああああ!モエコやめろー‼」

 と、さっきまで血まみれの争いをしていた担任と女子生徒達がモエコの凶行を止めようと一斉に叫んだ。

 棒の先端で男子生徒の顔面を貫くその寸前だった。モエコは突然シンデレラが泣いている場面を思い浮かべたのだった。こんな事をしたらシンデレラが悲しむわ!ダメ!モエコこの人を殺しちゃダメ!この人は王子様なんだから!彼女は棒を放り投げて倒れている王子を抱きかかえた。投げた棒は木の役の生徒の一人の首から約一センチの所に突き刺さり、生徒は恐怖のあまり口を開けたまま気を失っていたが、そんな事はみんなどうでもよかった。みんな王子を抱きかかえて泣いているモエコを見ていたからだ。

「ゴメンさなさい!私のせいでこんなに傷ついて……。ねえ、王子様、目を覚まして……。あなたがいなかったらシンデレラの舞台は上演できなくなるわ!」

 王子役の男子生徒は昔の時代の小学生だったから勿論童貞であった。今の小学生が童貞であるかどうかは知らないが、彼はハンサムボーイであったがうぶだったのだ。彼は生まれて始めて女の子と濃厚接触してどうしていいかわからない。みんなが自分たちを見ているにも拘らずモエコと離れることさえ考えられなかった。こんな優しいぬくもり初めてだ。彼は目を開いてモエコを見た。モエコといえばクラスの女子が貧乏な煤っ子と罵っていたので、彼も彼女をロクに見ず、みんなと一緒に彼女の貧乏くさい格好をバカにしていたものだ。しかし何ということだろうか。こうして間近で見るととんでもない美少女ではないか!彼は今まで感じたこともない胸の高まりを覚え、もう冬なのに夏の日のクラス分けを思い出していた。Oh!普通の女だと思っていたらとんでもない。そう、まさにとんでもない美少女だった。彼はモエコを激しく見つめながら僕は君の王子様になりたいと願った。

 モエコはいつの間にか自分がシンデレラになったように感じた。自分の膝に頭を乗せている王子を心の底から愛しいと思った。彼女は王子を強く抱きしめた。王子様!あなたは私の王子様なのよ!


 その翌日、モエコは新しい包帯を顔に巻いた担任からシンデレラ役になるように懇願された。モエコは勿論承諾した。










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