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文章ブス

 私はいわゆるマッチングアプリに登録している。そこで私は自分の見栄えの良い写真を晒し、片っ端から目ぼしい男性に誘いチャットをしている。だけどいつも男たちとのチャットは長続きしないのだ。私は自慢ではないけどかなりの美人だ。友達からすっぴんの方が可愛いと言われるぐらいだ。なのに、なのにいつもいつも空ぶってしまう。チャットが失敗に終わるたびに私はどうしてなんだろうと考えるけど当然ながら答えは見つからない。私が美人であるのは周知の事実だし、そんな美人に声をかけられたら男はみんなついてくるべきはずじゃない?だけどなぜ……

 なんで私がマッチングアプリなんか始めたかというと、やっぱり近くにまともな男がいなかったからだ。そりゃ学生の頃は周りにたくさんいた。私は美人だったから当然モテた。だけど男を取っ替え引っ替えして遊んでいるうちにいつの間にか誰もいなくなってしまったのだ。今私の周りにいるのは売れ残って当然の腐り切った蜜柑しかいない。そういうわけで私はプライドを捨てて私に相応しい男を捕まえるためにマッチングアプリに入ったのだ。ここなら普段出会えないような人と出会える。当然私に釣り合う男もたくさんいるだろう。そう信じて始めたのだ。とこんな事を書くとあなた高望みしすぎじゃない?マッチングアプリなんかでそんな人探さなくてもいい人ちゃんと周りにいるよ。その目でよく見てみなよとか余計なお世話的な事を言ってくる人がいる。その人たちに言っとくけど私は別に高望みなんてしていないから。ただ自分とおんなじレベルの人と付き合いたいだけ。なのに周りにはそんなレベルの人すらいないわけ。簡単に探せるならわざわざ恥晒してマッチングアプリなんか入るわけがないでしょ。

 というわけで私マッチングアプリに入るとさっそくイケそうな男にアプローチしまくってやった。だけどだ。せっかく相手から反応があっても肝心のチャットが全然続かんのだ。私が積極的に話しかけても、思わせぶりな事を書いても、みんなみん〜な途中で終わってしまうのだ。私は当然いつまで経っても返事してこない相手に『なんかあった?』とか『今暇なんだあ』とかとにかく相手の気を引こうとしたけど男たちは揃いも揃ってなんの反応もしてこなかった。既読ってあるのに返事をしないってどういうこと?とブチ切れて男を立て続けにブロックしまくってやった。といってもたまには返事が来ることがあった。しかしそれは『今回は縁がなかったという事で』みたいなそっけない一文だったり、『僕は君には相応しくない』とかお前絶対そんなこと思ってねえだろ的な断り文句だったり、他の人と付き合うことになったとかいう馬鹿正直なものだったり、要するに全部さようならの返事だった。けどなんでなの?私が美人だってことは二十枚ぐらい載せてる写真でわかるでしょ?中にはすっぴんの写真だっであるのよ。ああ!もしかして男たちは美人すぎる私にびびってるの?ああ!美人って不幸だわ!と我が身を憐れみながら日々を過ごしていたら、この間チャットしていた男の一人がこんなチャットを送りつけてきやがった。

『お前、ブスだろ?誰かのインスタからキャプチャーした画像載っけて男の気を引こうとしたって無駄なんだよ!お前のチャットからブスだってことがバレバレだから。ブス臭えぞお前!ブスがガッついて男あさりに必死になってんじゃねえよ!』

 ああん?誰がブスだって?テメエ現物の私を見てねえのに決めつけんじゃねえよ!お前生身の美人すぎる私見たら確実に死ねるよ?下半身が脳溢血になってそのままあっさりあの世逝きだよ?なんて今思わず怒りのあまり普段絶対口にしない下品な言葉を書いちゃったけど、男の言った事はやっぱりショックだった。ブス?この私がブス?この美人すぎる私のどこがブスなの?私は冷静になってまだ履歴に残っている男たちとやりとりした全チャットを読み、この男がどうして私をブスだと判断したのか考えた。だが考えても考えても答えは全く見つからなかった。逆に考えれば考えるほど自分に自信がなくなってきてしまった。スマホで自分の顔を見ながらもしかしたら私は本当にブスなのかもしれないと疑心暗鬼になった。だけどいくら必死に自問自答したって答えはでなかった。それで私はやっぱりこういう事は専門家に相談したらいいと考えて、大学の頃からの友達で今はWEBライターになっている友達に食事の誘いのLINEを送った。

 すると友人はいくらもしないうちに返事を返してきた。『明日の夜でいい?』と彼女らしい簡潔すぎるほど簡潔な返信だ。私は勿論大丈夫だと答えた。


 さてその翌日の夜。私はレストランで友人を待っていたけど、彼女はいくらもしないうちにやってきた。彼女はレストランに入るとすぐに私を見つけいつものようにキビキビした足取りで歩み寄ってきて「待たせた?」と私に声をかけてきた。

 私はその彼女の見事な立ち振る舞いに、このどちらかといえばブ……いや地味なタイプの女がどうしてこんなにカッコいいんだろうとあらためて感嘆した。やっぱりライターやってるからそう見えるのだろうか。彼女の記事は私も何度か読んでるけど、その文章はカッコよさの塊だ。アート、ファッション、グルメ、スピリチュアル、恋愛。なんでも手際よくまとめてしまうその手際の良さはやっぱり尊敬に値する。

 その彼女を目の前にして私は妙に尻込みしてしまった。私は遠慮がちに「全然待ってないよ。でも大丈夫なの?あなた仕事忙しいんでしょ?」と聞いたら、彼女は笑って「忙しかったら即断ってるよ。ここに来てるって事は暇があるって事なんだから気にしないで」と答え、それからじっと私を見つめて話しかけてきた。

「ねぇ、あなたなんか私に相談したい事でもあるの?よかったら聞いてあげようか?」

 この友人とは長い付き合いだし、彼女は勘が鋭いからなんかあるとすぐに察してしまう。私は彼女の切長の鋭い視線に気押されて「べっ、別にないけど」と本当は相談したい事大アリなのに、無意識に反発して真逆のことを口走ってしまった。だけどそれでも友人はジッーと私を見て呆れたような口調で言った。

「あなたねぇ〜、昔からそうだけどさぁ、なんではいそうです。相談したい事あります。って素直に言えないの?いつも自信満々のあなたが私を食事に誘ってそんな小声になってる時って絶対悩み事がある時じゃん。さぁ、言いなさいよ。あなたはいまどんな悩みを抱えているのよ」

 私はわざとそんなに悩みを聞きたいなら話してあげるといった風を装ってもったいつけたような感じで言った。

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて言うよ。実は私今小説書いててさ。完成したからまずあなたに読んで欲しいんだよ」

「小説ぅ〜?あなたそんな趣味あったっけ?」

「いや、急に目覚めちゃったんだよ。ホントいきなり書きたい衝動がもたげてきたんだよ。それで昨日一晩かけて2000字ぐらいのショートショート書いたんだけどさ。noteに載せる前にプロのあなたに読んでもらった正直な感想を聞きたいわけ。こんな事恥ずかしくて友達のあなたにじゃないと頼めないじゃない。だからお願い!」

 友人はわけのわからんといった顔で私の言うことを聞いていた。それもそのはずだ。私だっておかしいと思っているんだから。だけどいくら彼女でも正直にマッチングアプリで何故ブス扱いされるのか考えて欲しいなんて相談なんか出来るわけがない。だから私はじゃあ小説を書いたから見てもらおうという無理矢理にも程がある相談事をこさえて、さっそくマッチングアプリの自分と男たちのチャットから使えそうなものを抜き出して小説を書いた。それを私は友人に読ませて自分のチャットのどこがブス扱いされる要因になっているのかズバリ指摘してもらい一緒に解決方法を考えてもらいたかったのだ。

「と、いう事はあなたもしかして今から小説家を目指したいって事なの?へぇ〜、人間って変われば変わるもんだねぇ〜、大学の頃はずっと遊んでばかりいたあなたが小説書くなんてさ。いいよ、私夢持ってる人は応援したいから。その小説持ってる?今から読んであげるから見せて」

 ああ!心の友よ!あなたなんて性格いいの?私は彼女の眩しい笑顔に自分の浅ましさにも程がある考えが恥ずかしくなった。ああ!でも私がブス扱いされた理由を知るのは私が絶対になれない小説家を目指すより遥かに大事な事なのよ。だってこれには自分の将来と、そして女の沽券が関わっているんだから。私はここに小説あるから読んでと言って彼女にメモを開いた状態のスマホを彼女に渡した。

「でもさ、私小説なんて今まで書いたことないから、プロのライターのあなたが読んだら酷いもんだと思うだろうけど、そこは勘弁してね。それとこの小説は会話に力を入れてるんだけどそこにもちょっと注目して欲しいなぁ」

「うん、そうだよね。ざっと見たけど会話でストーリー運んでいくタイプの話だよね。まぁ、私だってただのライターだし小説家じゃないから的確な指摘はできないけど、でも頑張って読んでみるよ」

 友人はそう言うとさっそく私のスマホを手に取って小説を読み始めた。読んでいる間彼女は何度も顔を近づけていた。私はその彼女をひたすら見ていた。ああ!私の本当の意図をわかっておくれ心の友よ。伝えるべき事は伝えられる範囲内でしっかり伝えたんだから。いい?読むところは会話よ、あなたにはその会話だけを読んで欲しいの。そして教えて欲しいの。どうしてマッチングアプリでこの美人すぎる私がブス扱いされたのかを。

 私の書いた小説はさっきも書いたように2000字程度のもので流し読みすれば一分もかからない。普通に読んでも二分ぐらいで読み終えるだろう。だけど友人は五分経ってもまだ読み終わらなかった。恐らく何度も画面を行ったり来たりして私の文章を確認しているに違いない。そんな彼女を目の前にして私は面接されているような気分になった。ああ!どうでもいいから早く読み終われ!私は別に小説家なんて目指してるわけじゃないんだから。そう考えていたら友人がふいに顔を上げて私にスマホを返した。私はようやく緊張から解き放たれてホッとした。彼女は私に向かって言った。

「いや、びっくりした。初めての小説だって言うからどんなものかと思ってたら、すごい上手いじゃん。会話と地の文の移行もスムーズだし、ストーリーも最後までカッチリと決まってる。あなたこれを磨いていったらホントに小説家になれるかもしれないよ」

 私はこの友人の予想外の評価に驚き、ああ!高校時代に作文コンクールで県から優秀賞をもらった文章力ががようやく役に立ったと舞い上がりかけたけど、すぐに今そんなことどうでもいいんだよと思い直し、友人にで、肝心の会話はどうなんだと聞こうとした。しかしその時彼女が続けて喋り出したので私は開けかけた口を閉じてもう一度彼女の話に耳を傾けた。

「だからこそ、あえて厳しい事言うんだけど、あなたの文章の言葉のチョイスと特に女主人公と男の会話の部分がちょっといただけないなぁと思うの。主に女なんだけどね。この女さ、美人って事になってるけど、読者からしてみればハッキリ言ってただのブスにしか読めないの。こんな性格が悪くて自分が美人だと思いこんでるおめでたいブスじゃどんな男も逃げちゃうよ」

「ブスだってぇ!」

 私はこう叫ぶと憤激のあまり思わず立ち上がってしまった。テメエ!この美人すぎる私を捕まえてブスだと!ブスはテメエだろうが!人気のWEBライターってチヤホヤされてテメエがブスだって忘れてんじゃねえか!この野郎鏡見せてテメエがどんだけブスか思い知らせてやるよ!

「ゴメン、ちょっと言いすぎた。別にあなたの事を言ってるわけじゃないから落ち着いて」

 私は友人の一言に我に返り慌てて椅子に座って彼女に謝った。すると友人は諭すような口調で私に話しかけてきた。

「さっきも言ったようにあなたの小説の構成は全く悪くないんだよ。それどころか素人のレベルじゃないと思ってる。ただ全般的に言葉のチョイスと主人公の女のセリフをなんとかしたいなあと思っているわけ。読んでると全般的に文章が固い感じがするし、主人公がひたすら切羽詰まっている感じがするし、彼女のセリフの表現もあまりにも表現がダイレクトすぎるし、ガツガツしすぎてるし、読んでいるとお前の目的ってそれしかないのかよって思えてくるわけ。だから失恋物語なのに肝心の主人公にはなんの共感も出来ないのよ。あのね、文章っていうのはただ内容を書くんじゃなくて、その文章を書いている人間の人となりが見えてこないとダメなの。文章表現は勿論、漢字とかなの使い分け、句読点の使い方にも人となりが見えてくるんだよ。いいエッセイストや作家さんはみんなこのことがわかってる。たまにさ、どうしてあんな不細工なのに異性にやたらモテる作家さんたちっているじゃん。まぁ私みたいにさw。そういう人たちは自分の顔じゃなくて文章を売りにしているのよ。言ってみればその作家さんたちの顔は文章なわけ。異性は作家さんの顔じゃなくて文章に夢中になってるのよ。文章は磨くとそこまで効果を発揮するわけ。だけどあなたの小説の文章にはそこが決定的にかけているのよ。あなたはそんな美人なのに肝心の文章が余裕のないブスのぼやきみたいになっちゃってるのよ」

 彼女の言っている事を聞いてはたと目からタイの鱗とか真珠とか珊瑚とか色んなものが落ちてきた。ああ!そうなのか!私がマッチングアプリでブスと決めつけられた原因は全て私の文章が原因だったのか!だけどどうしたらいいのだ!魅力のある文章なんて一夜漬けじゃ習得できるもんじゃない。ああ!どうしたら文章も私のように美人にすることが出来るのか!

「よかったらさぁ、私あなたの小説手伝ってあげてもいいよ。校正だったらいつでも大丈夫だよ」

 友よ、お前はなんていい奴なんだ!私は感激して思わず泣きそうになった。一瞬だけど本気で小説家になろうとさえ思った。だけど、私にはまだやるべき事がある!それはいち早くパートナーを見つける事だ。私は友人の手を取って言った。

「でもいいの?あなた凄い忙しいでしょ?」

「あっ、大丈夫だよ。忙しいっていったって基本自宅にいるから。あのさ、毎日原稿を書いてるのって実は凄いストレス溜まるんだよね。といってTwitterとかInstagramで息抜きすると編集者から遊んでないで早く原稿書けとか言われちゃうし、だから気晴らしに校正やらせてくれない?お願いしますよ」

 私には断る理由なんてなかった。まさに持つべきものは友達だった。彼女のおかげで私は文章ブスを返上して文章美人リアルで会ったらもっと美人になる事が出来てマッチングアプリでモテまくれる。そして最高のパートナーを見つける事ができる。ああ!バラ色の未来が待っているわ!私はまるで救世主のような友人に深く感謝し、絶対に小説を完成させてみせると誓った。友人はその私に向かって小説が完成したらSNSで宣伝してくれると約束してくれた。


 さてそうして友人との小説の共同作業が始まったが、これは驚くほど捗った。友人の校正と指導はやはり厳しく流石の私も根を上げかけたけど、自分がだんだん自然に色気のある文章をかけてきたのを見てやはり来るマッチングアプリ再開のために頑張って完璧なものにしなければとやる気を取り戻しとうとう完璧に美人な文章を書く事が出来るようになった。2000文字で始まった小説は彼女とやり取りしているうちに一万文字を超える大作になってしまった。それももう少しで完成するけど、しかし小説の完成の前にやるべき事がある。いや、こっちが成功すればそもそも小説なんか書かなくていい。私は勇気を出してずっと放置していたマッチングアプリに入り、早速見つけためぼしい男にチャットで声をかけた。男は驚いたのか、『なんで?』と一言返してきたけど、私は手に入れた手の美人力溢れる文章を早速使って彼に誘いをかけた。だけど、だけど男からはなんの反応も返ってこなかった。私はあまりのショックに、ならば120%の美人力を文章に注いで彼に会いたいと呼びかけた。そしてしばらく経った時だった。スマホの通知がマッチングアプリのものであることを確認した私はさっそくチャットを開いて男の返事を見た。そこにはこう大文字で書かれてあった。

『何回もうるせえんだよブス!そんなインスタからパクったような写真並べて色気付いた文章書こうがお前がブスだってのはバレバレなんだよ!』

 私はこれを読んだ瞬間壁に向かってスマホを投げつけて叫んだ。

「テメエら人がこんだけ努力してるのにまだ私が美人だってわかんないのかよ!いい加減にしろ!」

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