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文学的裏切り

 裏山ナボ子はその名前でわかるように作家ウラジミール・ナボコフの信者であった。ナボコフと言えば『ロリータ』の作者として有名だが、文学好きには「主題より細部を愛せ」が口癖の極端な文学観を持つ審美家としても知られている。さて彼はナボ子と名乗っているが実は男である。ナボ子は高校時代にナボコフの小説や評論を読んでその世界の虜になり、大学に入ると英米文学を専攻してナボコフを研究することになった。しかし内気で引っ込み思案の彼には彼女はなく、孤独の中いつも文学好きの女の子と付き合う日々を夢に描いていた。そしてとうとう孤独に耐えられなくなった彼は出会い系サイトにナボコフの名をもじった裏山ナボ子なるハンドルネームで登録することにしたのだった。

 ナボ子が求めていたのはただの文学好きの女ではない。そんな女は彼の周りに腐るほどいた。だがナボ子はそんな女たちではなく本物の文学好き、彼の好きなナボコフの主張である「主題よりも細部を愛せ」を理解できる女の子と付き合いたかったのである。ナボ子はナボコフに夢中になってからナボコフが評価した作家しか認めず、ナボコフがけなした作家の本は尽く焚書にしてしまった。彼は中学の時ドストエフスキーにハマったが、ナボコフの激烈なドストエフスキー批判を読んでから急にドストエフスキーを軽蔑するようになってしまい、とうとうその全集を丸ごと焚書にしてしまうまでになった。友達に今何を読んでいるのと質問してその友達がドストエフスキーを読んでると答えると、そんな文学のまがい物を読んでいる人間とは口も聞きたくないと捨て台詞を吐いて絶交してしまった。彼はドストエフスキーだけでなくナボコフがこき下ろしていた文学者の本はみんな燃やした。バルザック、スタンダール、エミール・ゾラ、ロマン・ロラン、セリーヌ、トーマス・マン、ブレヒト、D.H.ロレンス、エズラ ・パウンド、T.S.エリオット、ゴールズワージー、オーウェル、ドライザー、フォークナー、マルロー、サルトル、カミュ等。このナボコフ信者の大審問官は彼らのような偉大なる文学者の本に対して、『これら非・文学的なる本は焚書にすべし』との厳粛なる判決を下して燃やし尽くしまったのだ。文学とは思想ではなく文体だ。最高の芸術とは全ておとぎ話なのだ。それが彼の愛するナボコフの主張であり、ナボ子にとってはその言葉こそが生きる糧だった。

 出会い系サイトに入会してからナボ子は毎日文学好きの女の子を見つけては声をかけていたが、彼の望む女の子は中々見つからなかった。ナボ子はプロフの写真では見栄えがそこそこ良かったので女の子からの誘いもあったが、その女の子たちといざチャットしてみると彼にしてみればみな文学を知らないバカであり、彼はこれが大衆というものかと呆れ果てた。とある女の子が好きな作家はドストエフスキーだとかアホなことを言ってきたときなど「あなたはドストエフスキーなんて文学性のかけらもないやつが好きなのですね。小学校から文学を学びなおした方がよくないですか?」と言ってさっさとブロックしてしまった。

 しかしそんなナボ子にもついに出会いが訪れた。彼は見つけたのだ。自らにふさわしい宿命の女を。愛しきベアトリーチェを、ロリータを。容姿の悪くはないその女はボヴァリーと名乗っていた。プロフィールを読むと彼女はナボ子と同じ大学生で、フランスを専攻しているらしい。彼女は好きな作家にフローベールやボードレールやプルーストを上げていて、それらの作家はナボコフが評価する文学者だったので、ナボ子はもしかしたら彼女こそ自分の望んでいた人でないかと思った。しかし油断は出来ない。この女は真の文学好きなのだろうか。ただ意識の高さをアピールするためにそれらの作家の名前を挙げているだけではないだろうか。ナボ子はそう考えてボヴァリーをテストしてみることにした。

 彼ははじめましてナボ子ですと挨拶がてらに自己紹介して、続けて僕もフローベールが好きですと自分も文学好きであることをアピールすると、これからが本題だとばかりに、「あなたはフローベールの代表作の主人公であるボヴァリーを名乗っており、またプロフにも好きな作家として彼の名を挙げていますが、フローベールの作品では他に何が好きなのですか?長編でも短編でもなんでもいいので教えてもらえますか?僕はあなたの文学観が知りたいのです」と質問をぶつけた。あとは彼女の返答を待つだけだった。フローベールといえばナボコフがもっとも評価する作家の一人であるが、文学史においては写実主義の大家であり、また二十世紀文学に最も強い影響を与えた作家である。文学好きだったら彼の重要性はわかるだろう。果たしてボヴァリーはフローベールの他の作品を答えられるだろうか。常識人なら見知らぬ人間に対していきなりこんな文学気違いの質問をするのを躊躇うだろうが、ナボ子は全く常識人でなかったので躊躇いなど少しも感じなかった。本来ならこんな即ブロックされるべき事態だが、意外にもボヴァリーはこのあまりにも男女交際の場にふさわしくない質問に答えてくれた。彼女はこう答えた。

「メッセージありがとう。文学観なんていきなり凄い質問してくるんでびっくりしちゃった。フローベールの小説だと勿論ボヴァリー夫人が一番好きだけど次に好きなのは『ブヴァールとペキュシェ』かな。未完の小説なんだけどすっごく面白いの」

 ナボ子はこのボヴァリーの返答を聞いて、この女は今までのドストエフスキーバカ女どもとは違う本物の文学がわかる女なのかもしれぬと思った。ボヴァリーが挙げた『ブヴァールとペキュシェ』という小説は彼の愛するナボコフが最も影響を受けた作家であるジェイムズ・ジョイスに深い影響を与えた作品なのだ。彼の代表作であり二十世紀文学の最高傑作といわれている『ユリシーズ』はこのフローベールの未完の作品なくしてはあり得なかっただろう。ナボ子は彼女こそ我がミューズ。我がロリータ。我がニンフェットなのかもしれないと歓喜したが、しかしこれで確証を得たと見るのは早計だと思い直して、もっと彼女を突き詰めなければならぬと次の質問に入った。

「じゃあ、あなたがプロフに挙げていた作家の他に好きな作家はいるんですか?十九世紀でも二十世紀でもいいから挙げてみてください」

 これで彼女が好きな作家としてバルザックやスタンダール、ましてやドストエフスキーなぞを挙げたらもうこの関係は終わりだった。ナボ子はいつものように、いやいつもよりも辛辣に「あなたは他のバカ女に比べたら多少は文学を分かっていると思ったが、残念ながら僕の見込み違いだった。あなたは小学生、というか幼稚園から文学を学び直すんだな」と彼女を無残にも切り捨てただろう。だが幸運にもボヴァリーはナボ子を失望させることはなかった。逆に彼を有頂天にさせたぐらいだ。

「ええっと、立て続けの質問にハートがアラームみたいに震えちゃってるボヴァリーです。ナボ子さんご質問のフローベールやプルーストの他に好きな作家を強いて挙げれば十九世紀だとジェイン・オースティン、ルイス・キャロル、エドガー・アラン・ポー。二十世紀だとカフカ、レーモン・クノー、ジャン・ジュネ、アラン・ロブ=グリエ。トーマス・マンとかは苦手です。なんだが論文読まされてるみたいで。あっ一人大事な人忘れてた。ナボ子さんも好きなウラジミール・ナボコフね。私『青白い炎』が好きなんですけどナボ子さんはどうですか?」

 ナボ子はボヴァリーの答えを聞いて歓喜に震えた。ああ!彼女からナボコフの名が出るとは。しかも酢豆腐どもが挙げそうな『ロリータ』ではなく、あの難解な『青白い炎』を挙げているではないか。ナボ子はボヴァリーはナボコフを完全に理解していると確信した。ああ!なんということだろう。この女こそ自分が望んでいた女である。ああ!彼は腰から立ち上る文学的歓喜に震えた。しかし常に完璧を持する彼はまだボヴァリーを信じることができなかった。チェックメイトまで持ち込まねば情勢は神のいたずらによってたちまちのうちに逆転してしまう。彼は震える手で最後の一手を差した。

「僕の質問に答えてくれてありがとうございます。あなたが並々ならぬ文学観をお持ちの方だということがわかって僕は嬉しいです。それで最後に質問なのですが、あなたはロシア文学は好きですか?もし好きだったら好きな作家を教えて下さい」

 これが最後にして最も重大な尋問であった。いくら真の文学好きを装っていても本質は決して隠し通せるものではない。本人の意図しないところで曝け出されてしまうものだ。しかし今の彼はボヴァリーが偽物の文学好きである事が暴かれる事より、彼女が自分の想像通りの真の文学好きである事を強く願っていた。ああ!僕の期待を裏切らないでおくれ!君は僕の宿命の女。僕のミューズ。僕のロリータなのだから。やがて彼女から答えが返ってきた。ナボ子は早速回答を読むために液晶画面をかじりつくように見た。

「なんだかうちの大学の教官に厳しい指導されてる気分になってきたボヴァリーです。緊張して手まで震えてきました。えっとぉ、ロシア文学ですか?ロシア文学はあまり読まないんですが、強いてあげればプーシキン、ゴーゴリ、ツルゲーネフ……」

 ここまではよかった。ナボ子は冒頭の教官の厳しい指導とあるくだりなど読みながらニンマリしたくらいだ。厳しい指導……たしかに僕の文学観は誰よりも厳しく徹底的だろう。しかしこれは真の文学を叩き込むには必要なのだ。しかし次の一文を読んで彼は絶望のどん底に叩き落とされた。

「……チェーホフ、そしてドストエフスキー」

 ああ!なんという事だ!最後の最後で正体を現すとは!ドストエフスキーだって?散々フローベールだの、ブヴァールとペキュシェだの言っててこれか!結局お前も偽物だったのか!結局僕は愚かだったのだ!出会い系サイトで本物の文学好きの女を見つけるなんて不可能に決まっているではないか!なのにくだらない幻想など持って!ああ!なんと自分は愚かだったのか!彼はボヴァリーのアイコンに何度も平手打ちを喰らわせると上に記したような別れの言葉を書いてボヴァリーを永遠にブロックしようとした。その時ボヴァリーから再びメッセージが届いたのである。

「ごめんなさい。さっき動揺して作家の名前を間違えちゃいました。最後の作家はドストエフスキーじゃなくてトルストイです。特にアンナ・カレーニナが好きです」

 ナボ子はこのメッセージを読んで思わず泣いてしまった。ああ!やはりボヴァリーは彼を裏切らなかった。彼女が好きな作家はドストエフスキーではなくてトルストイだった。トルストイはドストエフスキーと共にナボコフの故郷であるロシアの大先輩作家であり、ナボコフが最も尊敬する作家である。ナボコフ はコーネル大学の文学教師時代の講義録(後に『ロシア文学講義』として出版された)の中でボヴァリーも好きだと言うトルストイの代表作『アンナ・カレーニナ』における人物描写を『まるで彼らがそこに生きているように見える』と絶賛し、その小説内の二つのストーリーの組み合わせの妙についても熱心に語っている。そしてナボコフが同作品の中で特に絶賛するのは主人公であるアンナ・アンナ・カレーニナが自殺する場面の心理描写だ。その死に向かうアンナの意識を独白体で綴った描写はジョイスが『ユリシーズ』で展開した内的独白の先駆であると絶賛しているのだ。ナボ子はボヴァリーが何故大文豪のトルストイとインチキ三文作家のドストエフスキーの名をごちゃまぜにしたのか一瞬頭を掠めたが、このあまりに幸福な符合を目にしたらそれもどうでも良くなってしまった。ああ!ボヴァリーこそ僕が求めていた真の文学好き。ナボコフの言う「主題よりも細部を愛せ」を完全に理解できる人なのだ。一刻も早く僕らは会わねばならない。ナボ子はボヴァリーに感謝の言葉を書きそしていきなりデートを申し込んだ。

「長い質問に答えてくれてありがとう。君はやはり僕の想像する通りの人だった。君は僕の想像した通り本物の文学が理解できる人だった。君は自称文学好きが挙げそうな作家を誰一人あげなかった。君が挙げたの真の文学好きが好む作家ばかりだった。君のような人を知ったらナボコフは何と思うだろう。今の僕と同じようにやっと出会えた本物の宝石と歓喜するだろうか。僕らは会わねばならぬ。僕はあなたを見つけた時遠く離れた血を分けた妹に再会したような気がした。僕らは二人で一つなのだ。だから早く一つに戻るべきなのだ。今度の日曜日に会わないか?僕はここに座して君の回答を待つ」

 ああ!一回チャットしただけの女にデートを申し込むのはまだいいとして、こんな頭のおかしい戯言まで送りつけるとは。まともな人間だったらまずこんなものは書かないし、書いたとしても冷静になってすぐさま消去するだろう。しかし大事な事だから二回言うが、ナボ子は明らかに頭のおかしい人間だったので躊躇うどころか堂々と送りつけた。そしてそのまま彼女の承諾を待ったのである。

 しかし仏の涙も三度までという慣用句があり、他にも何でも三度までという慣用句は沢山あるから、ナボ子の二度目の無茶も当然のように受け入れられたのであった。ボヴァリーはナボ子の誘いをブロックせずまともに答えてくれた。

「会ってもいいけど今度の日曜日はちょっと……」

「いや、今度の日曜日でなければダメなのだ。文学のミューズがそう言っているのだ!」

「……わかった。今度日曜日あなたのために空けておくわ。それで待ち合わせ場所はどこにする?」

「○○駅の噴水の前にしよう。あそこの噴水の彫刻の少女はどこかロリータを思わせるし、僕と君の宿命の出会いの場にふさわしいと思うんだ」

「それで目印はどうしよっか?あそこ人多いしなかなか見つけられないよ」

 ナボ子はボヴァリーからこう聞かれてはたと考えた。目印はどうすればよいのか。彼は勿論女の子とデートをするのが初めてだったし、しかも相手が全く見知らぬ人間であったから、どうしたらいいか迷いに迷った。そして迷った挙げ句一つの妙案を思いついた。ナボ子はボヴァリーにナボコフの『ロリータ』を持ってきてほしいと言った。ロリータを胸に抱いていたらすぐに君を見つけられると。

「さすがナボ子さん。それだったら他の人にも声をかけられないから安心ね。私『ロリータ』の原書持ってるの。それでもいい?」

 ダメな訳がなかった。まさかボヴァリーがナボコフの『ロリータ』を原書で読んでいるなんて!これだったら英語でしか味わえないあの有名な冒頭の文章について語り合うことができるではないか。『Lolita, light of my life, fire of my loins. My sin, my soul. Lo-lee-ta: the tip of the tongue taking a trip of three steps down the palate to tap, at three, on the teeth. Lo. Lee. Ta.』……ああ!この官能の極みのような文章について語り合うことができるなんて!僕は歓喜のあまり死んでしまいそうだ。ナボ子はすぐさまボヴァリーに、「早くロリータの本を持った君に逢いたい。そしてロリータやボヴァリー夫人について夜が明けるまで語り合いたい」と書いた。


 さてその約束のデートの日曜日がやってきた。ナボ子は朝起きるとナボコフが若い頃着ていた服装を意識して全身白ずくめの格好で出かけた。白いハットに白いジャケットに白いシャツに白いパンツ。これがナボ子がボヴァリーとのデートのために拵えたファンションである。彼は通りの店や家のガラスに写った白ずくめの服を着た自分の姿を見るたびにベルリン時代のナボコフを想像した。ああ!若き亡命貴族であった当時のナボコフ。きっと彼は生涯の伴侶となるヴェラとデートするときもこんな格好をしていたのだろうか。そして自分も今生涯の伴侶となるであろうボヴァリーとデートしようとしているのだ。彼は待ち合わせ場所に向かいながらボヴァリーがどんな格好で来るのか考えた。彼女もまた僕と同じ様に白ずくめの格好で現れたら僕はこの幸福な偶然に運命の神に感謝するだろう。

 ナボ子は電車の中で、彼女と過ごすこれからの時間についてあれこれと妄想を始めた。チャットで彼女と交わした会話で彼女を血を分けた妹だと言った時彼の頭に思い浮かんでいたのはナボコフの『アーダ』という小説だった。この小説はナボコフの最大の長編小説であるが、小説はルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』とSF小説とトルストイの『アンナ・カレーニナ』をごちゃまぜにしたようなものであり、多くの読者を混乱に陥れるほど複雑で難解の極みのような小説だ。その複雑さはナボコフ信奉会の永久会員のナボ子でさえ何度も途中で投げ出したほどだ。その小説の主人公であるヴァンとアーダという兄妹は近親相姦で結ばれてしまうのだが、ナボ子はチャットでボヴァリーと会話している時自分と彼女をこの兄妹に重ねていたのだ。ああ!僕と彼女は遠く引き離された実の兄妹だったのだ。しかし僕らはこうして再び出会い、そして禁じられた関係へと進もうとしている。しかし神は愛し合う僕たちを罰することは出来ないだろう。神などクソくらえ!純真なる芸術的な愛の戯れには神さえ近づくことは不可能だ。『アーダ』のラストで老人となったヴァンとアーダが幸福な生涯を終えたことが語られているが、自分と彼女も彼らのように同じような幸福な老後を迎えるのだろう。

 勿論これはいささか気違いじみた妄想だ。下手したら同じ作者の小説『青白い炎』の狂気の主人公キンボートの様に狂人として社会から抹殺されかねない。しかし理性と狂気の境目はどこにあるのか。どこで理性と狂気の境界線を引くのか。いや、これは理性とか狂気の境目の問題ではなく芸術の問題なのだ。ああ!芸術とはナボコフが同じ小説で実践したように甘美な言葉の力で現実を理想の楽園に塗り替えて行くものではないか。ああ!僕は我が妄想を芸術にまで高めねばならぬ!だが絶対に芸術に溺れてはならぬ。『ディフェンス』の主人公の様に理性を見失い狂気の果てに白と黒のチェス盤の境目に落ちるようなことがあってはならぬ。ボヴァリーに今のような事は決して口にしてはいけない。未だ言葉の修練が足らぬ自分が先程の妄想をボヴァリーにに喋ったところで、彼女に蔑まれ、最悪の場合あのインチキ作家ドストエフスキーのメロドラマじみた小説のような罪と罰と救済の滑稽な独演会となってしまうかもしれない。彼女はボヴァリーと名乗っているが、彼女はフローベールが創作した主人公のようなバカな女ではない。登場人物のレオンの馬鹿げた話にうっとりするようなあの田舎女とは違うのだ。真の文学好きであるボヴァリーが僕の妄想を聞いたところで彼女は笑みさえ浮かべずただ僕に軽蔑の視線をくれるだけだろう。

 その時ナボ子の耳に電車の発車ベルが鳴り響いた。彼はまさか乗り過ごしたかと思い慌てて顔を上げた。しかしまだデート場所の駅より三駅手前の駅だったので安心してボヴァリーのメッセージがないか確認しようとして手元のスマホを見ようとしたのだが、その時向かい側に黒ずくめの服を着た長髪の男が眉間にシワを寄せながら一心不乱になってボロい文庫を読んでいるのに気づいて目を止めた。ナボ子はこの男を見た瞬間思わずポーシュロスチという言葉を口走った。男が読んでいるのはドストエフスキーの『罪と罰』であり、その男の風貌がいかにも苦悩や救済やら人間失格とやら大げさな身振りで語りだしそうな感じだったからである。

 ポーシュロスチとは気取った俗物根性や偽りの美、偽りの知恵、偽りの魅力を指すロシア語だが、ナボコフが文学講義で使用してからアメリカでも広く知れ渡るようになった言葉である。彼によればフローベールはこのポーシュロスチと生涯戦っていたという。先程触れたボヴァリー夫人とレオンの会話のシーンでフローベールはポーシュロスチを徹底的に皮肉っている。一方ナボコフの忌み嫌うドストエフスキーにはこのポーシュロスチの要素がガス爆発を起こしそうなほど充満している。彼の小説は罪と苦悩と救済の陳腐な決り文句で満たされており、ポーシュロスチがない場面を探す方難しいぐらいだ。

 今向かい側に座って熱心に『罪と罰』を読んでいる男はドストエフスキーをさぞかし偉大な作家だと思って読んでいるに違いない。この男はドストエフスキーの小説に陳腐さに呆れて本を投げ出すどころか、彼の小説の登場人物が放つ論破王にも似た罪と苦悩と救済の必殺コンボのセリフに文庫本を持つ手を震わせて感動しているのだ。ナボ子は男に呆れ果て大きな舌打ちをしてからもう一度「ポーシュロスチ!」と吐き捨てた。するとナボ子の声が聞こえたのか男が彼をうざそうに睨みつけた。ナボ子もそれに対して男に軽蔑の眼差を向けた。

 しばらく男との睨み合いは続いたが、電車が待ち合わせの駅に到着するとナボ子はこんなポーシュロスチなんか相手にしてられるかと男から目を反らしてさっと席を立って自動ドアへと向かった。するとなんと男も席を立ったではないか。なんだこの男は?ポーシュロスチ扱いされたのが悔しくて僕に喧嘩をふっかけるつもりか?ドストエフスキーなんか読んでるんだからポーシュロスチ扱いされて当たり前じゃないか!ドアが開くとナボ子は早足で駅に降り立ったが、男も彼のすぐ後に降りてきた。結局混雑のせいで二人は駅の改札まで並んで歩くような状態になってしまった。ナボ子はいつまでも自分に張り付くこのポーシュロスチをうざく思い、ポーシュロスチをそのボロい『罪と罰』ごと壁に投げつけてやろうかと思ったが、しかしボヴァリーが自分を待っていることを思い出し、前を歩いている連中をかき分けて出口へと駆け出した。

 駅を出ると眩しい太陽の光に照らされた噴水が見えた。噴水から飛び出す水は光の反射を至るところに撒き散らしていた。さあボヴァリーはどこにいるのか。これだけ人が多いと流石に探すのも困難だ。しかし僕らには取っておきの目印である『ロリータ』あるのだ。きっとナボコフが僕らを結びつけてくれるはずとナボ子は噴水に近づいて行った。注意深く見ると斜め前に本を持った白と黒のストライプのワンピースを着た女性が立っているのが見えた。きっと彼女がボヴァリーだ。ナボ子はバッグから自分の『ロリータ』取り出して一目散にボヴァリーの元へと駆け出した。しかし後ろから突然誰かがナボ子を付き飛ばしてきたので、彼はつんのめってコケてしまった。ナボ子はなかなか立ち上がれず倒れた姿勢でボヴァリーを見た。彼女のもとに黒ずくめの男が駆け寄ってゆくのが見える。よく見ると男はあのポーシュロスチではないか!一体何故アイツが!もしかしたらアイツはボヴァリーにポーシュロスチ的な幻想を抱いて襲おうとしているに違いない。ナボ子は立ち上がり彼女を救わねばとボヴァリーの元へとダッシュで走った。


「やあ、始めまして。ちょっと遅れちゃったみたいだね。駅でへんなやつに絡まれちゃってさ」

「遅かったからちょっと心配しちゃった。写真そのまんまじゃん。やっぱりあなたで良かった」

「えっ、なに?あなたで良かったって」

「詮索しなくていいの、こっちの話」

「あれ?どうして本もう一冊持ってるの?待ち合わせの目印って『罪と罰』だったよね?」

「ウフフ!待ち合わせの時間の暇つぶしに読んでただけよ!昨日も言ったじゃん。ドストエフスキーは散々読んだからしばらく控えるって!これ以上読んだら中毒になっちゃうよ」

「そうだったね。だけどフローベール好きの君があんなにドストエフスキーにハマるなんて思ってなかったよ!突然私がソーニャになってあなたを救いたいとか言い出してさ」

「まあ、こんな本つまんないし、もう読んじゃったから捨てちゃおうっと!」

「おい、噴水に本なんか投げるなよ!」

「いいの、いいの。さあブレッソンの『やさしい女』観に行くわよ!」

「結局ドストエフスキー絡みじゃん!まあ俺もブレッソンの映画好きだからいいけどね」


 今呆然と突っ立ってるナボ子の前を横切ってボヴァリーとポーシュロスチが手を繋いで歩いていった。ああ!ずっと騙されていたのだ。何という文学的な裏切り行為か!何がフローベールの『ブヴァールとペキュシェ』!何がトルストイの『アンナ・カレーニナ』が好きだ!何がナボコフの『青白い炎』が好きだ!気取りやがってお前なんか本当はただのドストエフスキー好きのポーシュロスチじゃないか!

 ナボ子は恐る恐る噴水に近づいて中を覗き込んだ。ああ!池の中にナボ子の愛するナボコフのロリータの原書である『Lolita』は浮かんでいた。彼は水の中から『Lolita』を救い出すとすぐさま本の胸を押して水を吐き出させた。しかし本は人間と違って二度と元の姿に戻れない。あの絶妙な冒頭の文章もインクが滲んで読むことすら出来ない。彼は怒りに身を震わせて張り裂けんばかりに叫んだ。

「ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!ポーシュロスチ!……」

***

「なんだアイツさっきからずっと叫んでるんだけど、ポーシュロスチってなんだ?お前知ってるか?」

「さあ、ロシアのシチューかなんかじゃないの。多分松屋かなんかの期間限定のもので昨日までメニューにあったんだけど、今日店に入ったらメニューからなくなっちゃってたんで怒ってるんじゃない?」

「そうだろうな。最近変なやつ多いからな」



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