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東京進出失敗寸前の豚骨ラーメン屋がコンサルタントを雇ったのだが・・・

 北九州市でちょっと有名な豚骨ラーメンチェーン店『福岡県博多市のとんこつ』は念願の東京進出を果たしたものの、客があまり入らず、このままだと東京から引き払う事になるという話さえ出始めた。東京進出はオーナーの出目木敬之の夢だった。出目木は最初生まれ育った博多で店を開業したのだが、店の名前のせいで嫌われまくって追い出されてしまった。出目木は隣の北九州市で巻き返しをはかり店をチェーン店にするまで成功させたがまだ博多の連中は彼を認めなかった。だから東京で名を上げて地元の連中を見返してやろうと思って東京進出を目論んだのだ。だがこのままだと見返すどころか、かえって大恥をかいてしまう。そんなわけでオーナーの出目木は店をどうしたらブレイクさせたらいいかネットで廃業寸前の飲食店をいくつも復活させたと評判になっているコンサルタント会社『SEVEN WINDOW』に依頼したのだった。

 出目木はその翌日そのSEVEN WINDOWなるコンサルタント会社の社員と面談して東京の店に関する資料を全て手渡した。オープン日のチラシ、ホームページの資料、メニュー表、さらには店内の内装や営業しているところを撮った写真まで渡した。コンサルタント会社の社員はそれらの資料を特に表情も変えずに見ていた。そして社員は資料を見終わると、それでは明後日そちらの店に調査員を派遣してよいかと提案してきた。そしてその際調査員は普段の営業実態を見たいので一般の客として現れるからいつも通りに営業していて欲しいと要望を伝えてきた。出目木は承諾して店員たちにコンサルタント会社が来ることは何も言わなかった。


 調査の当日だった。出目木は店に生きたいのも山々だったが、やっぱり自分が行くと店員が絶対何かを察して接客を過剰に丁寧に振る舞って、せっかくのコンサルタント会社の調査が無駄になってしまうかも知れぬと自重して家で結果を待つことにした。こんだけ流行らないはきっと普段の店の営業実態に何かしら問題があるかも知れない。彼はコンサルタントの調査終了の電話を震えながら待った。

 やがて調査員から調査が終わったと電話があり、お店の改善策を明後日までにまとめるとの連絡があった。出目木は明後日と聞いて思わず驚いた。たかだか一店舗の改善策にそこまで日数を要するとは。どれだけ問題があるのだろう。出目木は豚の悪夢に悩まされながらその夜は何度も目を覚ました。


 そして翌々日にSEVEN WINDOWから連絡がきた。改善策をまとめたので会社に来てほしいとのことだった。出目木は本来なら金だしているのはこっちなんだから向こうからくるべきなのにと、東京人の田舎をバカにした態度に腹が立ったが、しかし今はせっかくの東京進出がだめになるかの瀬戸際だ。文句など言っている暇などないと自分に喝を入れてコンサルタント会社の方に向かった。

 会社に入って取次を頼むと受付が社長の鮫肌がお伺いしますと言って早速取次を始めた。それを聞いて出目木は急にビビってしまった。鮫島社長こと鮫島許美はネットやテレビでミスター・コンサルタントで立て直した飲食店は数しれずということで有名な男であった。出目木は受付に案内されるがまま社長室に向かった。

 出目木は社長室に案内されてその有名コンサルタント鮫島許美にあったが、このいかにもまったりおいしい時間を生きてきた典型的な業界人を見て完全に萎縮してしまった。完全に都会物の品定めみたいなものであった。出目木は鮫島と名刺を交換すると席に座るよう促されたので席に座った。

 鮫島はすぐに向かい側に座ってタブレットを見せた。どうやら最初に渡した資料は既にPDF化されているらしい。そして鮫島はさらに調査員が店内を隠れて撮影したらしい画像も見せられた。出目木はいよいよ来るぞと唾を飲み込んだ。店の真の営業実態がこれでわかるのだ。自分が店から離さなければこんな悲惨な事にはならなかっただろうに。鮫島は資料を一通り見せるとタブレットを閉じた。それから足を組んでふんぞり反り返った姿勢で言った。

「一昨日あなたの店に言ったうちの調査員の報告を聞いたんだけどね。お店の対応は完璧だったという事だ。まるで高級レストランの接客を受けているみたいだって言ってたよ。店の内装や設備にも問題なし。店の看板は小洒落て清潔感があるし、店の中だって隅々にまで掃除が行き届いてるし、カウンターやテーブルの配置も特に問題はない。椅子も固定にしたのも賢明な判断かなと思う」

 この鮫島の説明に出目木はほっと胸を撫で下ろした。しかし次の言葉を言葉を聞いてどん底に叩き落とされた。

「だけどね。それが返っていけないんだよ。なんかね、これホントに博多の豚骨ラーメンの店なのかって思ってしまうんだ。これって地方のお店が東京に出店した時にありがちなんだけど、東京に合わせすぎて本来店がもっている特色がなくなってしまっているんだな。まぁ例えて言うなら田舎の訛りのチャーミングな女の子が東京に出てきたとする。その子は周りから訛りがチャーミングだと言われていたのに、自分の訛りを恥ずかしがって標準語で喋眺るようになってただのどこにでもいる平凡な女の子になってしまった。それが今のあなたのお店なんだよ。まぁ、なんというかあなたのお店は店名に名前負けしてるんだな。店名で堂々と博多の豚骨ラーメンだって謳ってる割には店は小洒落た東京風じゃないか。食べに来た人はなんだパチモンかと思うだろうね。正直に言えば東京にはあなたの店のような本場ものを売りにしている店はうんざりするぐらいあるんだ。そんな中でおんなじような店が出来たところでみんな何番煎じだと思って相手にしないよ」

「お言葉ですけど、うちは豚も麺も全部博多直送でやってるんですよ。店員だって北九州の店の奴に徹底的に指導させてます。その事はちゃんと看板にもホームページにも記載してあります。たしかにアピール不足かもしれませんが、何番煎じだとまで言われる理由はないと言われる理由はありませんよ」

 出目木は思わず鮫島に反論してしまった。一から店を築き上げた男のプライドが我慢できなかったのだ。すると鮫島は軽く頷いてすぐに答えた。

「まぁそうやってあなたが怒るのもわかるよ。でもこうして僕が言っているのは実際のラーメンの味とかじゃなくてイメージの評価なんだよ。ハッキリ言って客なんて実際の味で評価なんてしないよ。みんな半分くらい店のイメージで味を判断するんだ。だから店がパチモノくさいと味までパチモノに見えてくるのさ。とにかくあなたの店には博多の風を感じないんだな。さっき女の子の例えで説明したけど、あなたは東京に合わせようとして、あなた自身が持っている博多の人間の荒々しさってやつを押し殺していないか?調査員も言っていたよ。あなたの店の内装と店で働いている連中は店に名前負けしてるんじゃないか。大体どうして九州の人間を東京に連れてこなかったの?本物の博多豚骨ラーメンが売りだったはずじゃないか。本物の豚骨ラーメンは博多のそれこそ豚を骨ごと食うような荒々しい連中が作ってるんじゃないか。本物を売りにするなら徹底的に本物を追求しようぜ」

 この鮫島の言葉を聞いて出目木は鮫島の言う通りだと思った。彼の言う通り自分は東京に合わせるあまり自分が目指していたものを忘れてしまっていたのだ。玄界灘轟く博多の風土。荒々しい九州の大人たちに揉まれて単車に乗って鉄パイプを振り回していた若き日々。そしてラーメン屋で成り上がってやると決めた夜。それらを捨てて何が本物の博多の豚骨ラーメンか。もう一度一から本物そのまんまの豚骨ラーメン屋を作り上げてやる。鮫島はその出目木の表情を見てとったのか、感慨深い表情でレポート用紙を見せて言った。

「この紙に僕らが考えた改善策がまとめてある。とは言ってもあなたはもう何を改善すべきかはわかってると思うけどね。まぁこれであなたのお店は繁盛してもしかしたら全国に展開できるかもしれない。いいかい?もう人から何を言われようと徹底的に博多流を貫くんだ。他人の批判を浴びても続けていけばみんな絶対に理解するはずさ。さぁ、今すぐ東京に博多の風を思いっきり吹かせようぜ!」

 出目木は鮫島に深く感謝して別れ際に固い握手をした。その時に出目木はいつかうちの店来てくださいよとお願いし、鮫島も暇があったらねと乗り気で答えてくれた。


 豚骨ラーメン屋『福岡県博多市のとんこつ』は思いっきりイメチェンした。まずコンサルタントの改善策にあったように店員を博多の気性の荒い人間だけにした。店内は店員同士のつかみ合いの喧嘩が頻繁に起こり、何度も警察沙汰になった。客がちょっとでもスープを残して席を立とうとするとすぐさまスープの残ったどんぶりをその客の頭にぶちまけたが、これも警察沙汰になった。そしてこれがコンサルタントが最も強くアピールしたアイデアだが、本場のとんこつラーメンの店であることを強烈にアピールするために、店先に火力鍋と扇風機を設置して、煮込んだ豚骨の香りが通りに行き渡るようにした。博多の風で東京中に本物の豚骨を知らしめるためだ。当然匂いが周りに広がって近所からクレームが頻繁にきた。しかし出目木は鮫島の言う通りいずれみんな理解してくれるはずと言ってクレームを完全に無視した。店員同士の喧嘩。客への暴行。匂いによる近所迷惑。それらの事件が積み重なり北九州でちょっと有名な豚骨ラーメンチェーン店『福岡県博多市のとんこつ』は東京進出どころか会社自体潰れた。



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