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アートの時代

 トー横生まれヒップホップ育ちってうそぶいて生きてきた。ガタイも良くねえ。ケンカも強くねえ。スキルも大してねえ。そんな俺がストリートのレジェンドになれたのは落書きがうまかったからだ。ガキの頃からの落書きで悪い奴らと知り合いになり、そしてスターになった。今じゃ俺はヒップホップ界で引っ張りだこだ。手足の二十本、プラスベッド用にもう一本。フル活用して俺はストリートにアートをぶち撒ける。俺が気まぐれに描いた落書きは今じゃヒップホップ連中のCDや、ステージや、Tシャツやらのグッズにまで出世した。ただの落書きが金になり、やがてグッチのポーチと女になって返ってくる。ああ!俺はビッグだぜ!最高だ!

 そんな俺の原点はトー横の角っちょにあったラーメン屋だ。クソ汚ねえラーメン屋だけど意外にも客は入っていた。って言ってもクソみてえなラーメン屋だから勿論行列なんてねえ。ただ店に入ると席が八割がた埋まってるってそんな店だ。店の名前は『本格札幌味噌ラーメン田舎麺』という。その名の通り田舎臭え店で店の親父なんか皮剥いてじゃがいもにしてやりてえぐれえの親父だ。しかもこの親父そんな田吾作顔のくせして生意気にも客に文句なんか垂れやがる。「お前貼り紙見てんのか?ここはスマホ禁止だよ。さっさとポケットん中入れろ!」「おい、喋んじゃねえよ!ゴミカス飛んだらどうすんだよ!」「お前ら残したら罰金だかんな?俺の手間かけさせんじゃねえぞ!」全く嫌な親父だぜ。俺は目をつけられてんのかわかんねえが、店に来る度にいつもこう親父に怒鳴られた。当然俺はムカついたさ。親父をボコってやろうって思ったさ。だけどこの田吾作親父やたらガタイがでかいんだ。だから俺はこの親父の面をこれがホントの味噌だぞとうんこに押し付けてやりたい気持ちを抑えながらこのクソまずいラーメンを啜っていた。

 だけど当然このままで済ます俺じゃない。俺はとびっきりの仕返しを考えつくと早速それを実行した。ここまで読んだやつは俺がどう仕返したかわかるよな?そう店のシャッターに思いっきり落書きしてやったのさ。店が閉まってラーメン屋の店員が全員出て行ったのを確認してからスプレーとペンキを持った俺が華麗に登場よ。店員の数は調査済み。コイツらが止まったりしねえのも調査済み。この店がセコム入ってないのも調査済み。おまけにこの辺は俺たちギャングスターのエリアだ。誰かが落書き見つけても誰もお巡りさんに通報なんかしねえよ!さぁ、この田舎臭えラーメン屋をトー横色に染めてやるぜって俺は毎晩シャッターに落書きしまくってやったんだ。当然ラーメン屋の店員はびっくりよ。田吾作親父なんか誰がやったんだって朝っぱらから怒鳴り散らしてやがる。そこに俺が素知らぬ顔で通りがかってずっとボケてこう言うのさ。「ああ、酷いっすね。一体誰がやったんでしょう」てな。

 しかしだ。このクソ親父俺が落書きする度に何の薬品使ったか知らねえが店が開店する前にはいつもシャッターを綺麗にしちまうんだ。だけど俺はそれを見て発奮したね。じゃあそのペンキ消しを使い切るまで落書きしてやんよってな。それで毎回店が閉まった後落書きしてたらもう諦めたのか、落書きは消されないようになった。俺はそれ見て調子こいて仲間呼んで俺の落書き見せたのよ。奴らやべえって口開けて驚いてた。お前バンクシーみてえじゃんって褒めるやつもいた。俺はそのパンのゆるキャラみたいな名前のやつ未だによく知らねえんだけど、とにかく俺の絵はそのパンのゆるキャラみたいな名前のやつぐれえはイケてるらしいんだ。だからますます調子に乗って俺は毎夜閉店後のラーメンのシャッターに向かって落書きしまくってやった。だけどそうやって落書きしてるとやっぱり自然と俺のアート魂が目覚めてくるわけよ。初めはただの気晴らしだった。でも毎日一晩中落書きしまくってると出来上がっていく絵がヤバくなるわけだよ。ハッパキメた時みてえに落書きがボワっと浮かんできてよ。もしかしてキマってるって状態になって、もうラーメン屋への嫌がらせなんてどうでもよくなってさ。もうこのアート完成させなきゃやばいっしょって気分になってそんでガンギマリみてえになってガンガンスプレー吹きまくって、ペンキ塗りたくってやったわけよ。

 で、とうとう完成したんだ。その完成品を見て俺は悟ったね。俺はアーティストなんだって。俺がアートの時代を作るんだって。だけど作品に見惚れている時間なんてなかった。完全した時にもう空が明るくなり始めててさ。逃げなきゃやべえってガンギマリのまんまで逃げたんだ。あの後俺は完成した絵を見に何度かそのラーメン屋に行ったけど、あの日から何故か落書きをする気が失せた。今から思えばあん時俺はアーティストとして覚醒したんだな。急に落書きなんてするのがバカバカしくなったのさ。

 それから俺はお前らも知ってるようにたった二年でストリートのレジェンドになった。今の俺には落書きなんかしてる暇はねえ。企業のストリートイベントの制作。ソウルブラザーのヒップホップ連中のアルバムのジャケットとそれに関するグッズとかのデザイン。その案件を片付けたら女とクスリの夜通しのパーティー。トー横から六本木へ。ただのギャングスターからストリートのレジェンドに。というわけですっかりあの貧乏臭えラーメン屋からは完全に足が遠のいちまった。だけど何故か最近無性にあのラーメン屋の事を思い出すんだ。今もこうやって山のようなクライアントの案件捌いて稼ぎまくっているけど、ラーメン屋で無心に落書きしていたあの頃のような純粋さはもうねえ。ただの仕事だ。みんな俺のアートを無茶苦茶褒めてくれるけど、でもあのラーメン屋のシャッターに描いた落書きほどクソ凄えもんは描けていねえ。そういやあのラーメン屋はどうしてんのか。俺のあの最高傑作まだ残ってんのかな。いやあの田吾作親父のことだから絶対消したに決まってる。でももし残っていたとしたら……。いや、逆に潰れてるって可能性もある。あんなクズみてえなラーメン屋がいつまでも客が入るわけねえ。というわけで俺はラーメン屋の味噌うんこそのまんまの『本格札幌味噌ラーメン田舎麺』ってぶち込んでググってみたんだ。

 いきなりGoogleのトップに出てきた画面を見て俺は自分でもあり得ねえぐらいブチ切れた。ラーメン屋は確かにあったぜ。しかも毎日長い行列が出来る人気店らしい。しかも二号店まで出来てるって話だ。って別にそんな事はどうでもいい。俺がこの味噌糞田吾作さんラーメンにブチ切れたのはあの、夜も寝ずに描いたあの店のシャッターに描いた俺の最高傑作をテメエのものとしてアピールしていたことだ!田吾作の親父は今じゃ何故か似合わねえギャングスターみてえなカッコして取り外して店ん中に飾っている俺の最高傑作の前で自慢げにこう話してるじゃねえか!

「これは俺が描いたんだ。あ、あのほらこの辺に沢山壁にスプレー撒いて落書きしてる子いるでしょ?僕あれ見てたらつい描きたくなっちゃったんです。それでまぁ恥ずかしながら店のシャッターにちょろっと描いたんですけど自分でもほんと上手く描けたなって思って。僕調子に乗って別のシャッターにも描こうと思ったんだけど全然ですね。この絵結構人気あってラーメンじゃなくてこの絵目当てにくるお客さんも多いんです。このシャッターの絵は一枚100円のポラサービスで撮れるんでラーメンついでにこのシャッターも観にきて欲しいですね。っていうかもう壁から外しちゃったからシャッターじゃなくてただの波状の鉄板なんですけどね」

 何がテメエが描いただ!人の最高傑作を横取りしやがって許せねえと俺は指をスマホに映るやつの自慢げな顔にグイグイ押し付け久しぶりにトー横へと向かった。あの田吾作親父!調子に乗るのもいい加減にしろよ!俺はストリートのレジェンドだぞ!トー横には俺を崇拝する奴がごまんといるんだ!ほらみろ!俺が新宿の歌舞伎町を入った瞬間ガキどもが一斉に俺を見る。ああ!たまんねえまさに故郷って感じだ!高校クビになって出てきた東京。全員ぶっ殺してやると気張って入った場所だった。勿論ぶっ殺すどころかぶっ殺されかけた。厳しい現実。だけど諦めないマイドリーム。そこに現れたのが久しぶりのブラザーだ。「よぉ、久しぶり凄え活躍してるね」なんて言ってくる。だが今の俺は不機嫌MAXだ。挨拶そこそこにあのラーメン屋に行かねえかって言った。ブラザーは怪訝な顔して俺に言う。「お前、今更あんなラーメン屋になんのようだよ。まさか食いに行こうってんじゃねえだろうな。やめとけよ。あの親父完全に調子に乗って昔よりずっとヤバくなってんぞ」そのまさかどころじゃねえよ。俺はあの親父から俺の最高傑作を取り戻すんだ。そう奴に言ってやったら真っ青な顔してやがった。やめとけよなんて奴は言う。お前なに?いぢめられれっこになっちゃったの?俺はすっかり怯えたブラザーに三万円の端金やって無理矢理連れていく。お前もあのシャッターの落書き褒めていただろうがよ。あの親父から俺たちのアートを取り戻そうぜ。

 そんなわけで来た田舎臭しかしねえクソラーメン屋。新しいシャッターには見事なまでのど下手くそな絵。多分これが親父の描いたものだろう。ったく何が本格札幌味噌ラーメンだ。うんこを味噌がわりに使うんじゃねえ!俺は行列の連中を無理矢理どかして強引に店をこじ開けた。すると目に飛び込んで来たのは久しぶりに見る俺の最高傑作。ああ!二年経っても全然変わんねえじゃねえか!

「何やってんだこのクソガキが!」

 厨房からうんざりするぐらい聞き慣れた田吾作親父の怒鳴り声が聞こえた。だけどそんな事俺の知ったこっちゃねえ。俺はいきなりかましてやった。

「おい、コラァ!親父お前あの壁に飾ってあるシャッターの絵お前が描いたって言ってるんだってな!テメエ嘘つくんじゃねえよ!」

 俺のかましに反撃しようと親父が厨房から出てきた。ああ!笑えるわ!お前いくつだよ!ドクタードレーみてえに裏ボスでも気取るつもりか?だけど顔が田吾作過ぎて全然決まってねえんだよ。その田吾作親父は田吾作顔で必死にガンを作って言い返してきた。

「ああん?嘘つくなぁ?お前誰に向かってものを言ってんだよ!このシャッターは俺の店のもんだから、シャッターの絵は俺が描いたに決まってんじゃねえか!お前らそう思うよなぁ!」

 このクソジジイはなんとラーメン食ってる客に同意を求めた。客は親父が怖いのかみんな恐る恐る手を上げた。ああ!この馬鹿どもは俺を知らんのか?いや知ってたらこんなクソ親父にビビるわけねえか。

「おい、ジジイ!こんなバカの客を脅しつけてもこの絵がテメエが描いたもんじゃねえってのは分かりきった事なんだよ!さっさと描いた人間に返しやがれ!」

「はぁ?描いた人間にだぁ?お前は何言ってるんだよ。描いたのは俺だぞ!俺が俺にこのシャッター返すのかよ!国会議員じゃあるまいしそんなアホなことできるわけねえだろうが!」

「いつまでもすっとぼけてんじゃねえ!お前はいつも店閉めたらすぐに外出て行って朝仕込みをする時まで店にはずっといなかったろうが!」

 この俺のセリフゆ聞いて田吾作親父の顔が変わった。俺はへっ、やっと気づいたかと得意になったが、ふと後ろのブラザーを見るとやたらガクガク震えているじゃねえか!俺はいつまで経ってもうだつの上がらないブラザーを哀れに思ってその肩を抱き抱えた。するとなんとブラザーはいきなり俺の手を払いのけて逃げてしまった。全くなんて臆病ものだ。田吾作親父は何故か得意満面の笑みで一人残された俺に向かって喋ってきた。

「へぇ〜、よく知ってるねぇ。じゃあこの絵を描いたのが俺じゃないとそこまで断言するって事は君知ってるんだよね?この絵描いた人。誰なんだい?ねぇ教えてよ。ちなみに僕シャッターに落書きした人警察以外のいろんな人たちに訴えているんだよね。全くこのクソガキが全員豚の餌にしてその糞で味噌作って味噌ラーメンにしてやるわ!ってずっと思っていたんだけど、でも時が経つにつれてなんかこの落書きに愛着が湧いてきて、自分のものにしていいかなって思えてきたんだよね。それにこの落書き結構お客さんに人気あるし、じゃあ僕が描いたことにして店の名物にしようかなって思ってさ。だけど君が今更のようにそんな話するから昔のことまた思い出してきて今すぐにこの落書きした奴めったざしにしてミンチにしてネズミにでも食わせたいような気分になったよ。って冗談だけどさ。だってこの絵は本当に僕が描いたんだもの」

「アウアウアア〜」

「あれっ、どうしちゃったの。そんなに震えて。あっ、もしかして君はこの絵を描いたのは自分だって言いたいの?そういえば君昔よく来てた子にすっごく似てるね。まるで生き写しみたいに。ねぇ君、ひょっとしてこの絵君が描いたの?」

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