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ピアノの先生

 レッスンが終わると先生は生徒に向かって言った。

「実は今日で教室のピアノなくなっちゃうんだ。まぁ、色々事情があって」

 生徒たちはこの先生の言葉に驚いて一斉に驚きの声を上げた。そして不安げに先生を見た。

「じゃあ、ピアノ教室今日で終わっちゃうんですか?私たち明日からどうすればいいの?もうすぐコンクールなのに」


 生徒の一人が悲痛な叫びをあげて泣き出した。他の生徒も釣られて泣き出してしまった。教室に女の子たちの泣き声が鳴り響く。しかし先生は笑顔で生徒たちをなだめて言った。

「おいおい、別にピアノがなくなるからって教室を閉めるわけじゃないんだよ。明日からもピアノ教室は続くさ。君たちが成熟するまで見守っていかなくちゃいけないからな」

 先生は生徒を安心させるためにこう言ったのだが、生徒たちやはり不安であった。ピアノなしでどうやってレッスンするのか。こんなんでコンクールに入賞できるのか。出来なかったらママに叱られる。ママが高い月謝を払って評判のこのピアノ教室に入れたのに肝心のピアノがないんじゃコンクールどころじゃない。生徒たちはやはり両親に正直に言って別の教室に移ろうと考えた。

 しかしである。生徒たちの両親は一別の教室に移る事に一様に反対した。とある生徒の両親などそんな事信じられないといった顔をして生徒たちにこう言ったのだ。

「あなた何考えてるの。あの先生は世界で活躍する女性ピアニストを沢山育てているのよ。みんな中学から高校時代にあの先生の指導を受けて一流のピアニストになったの。ピアノがないから教室をやめる?そんなバカな事がありますか?あの先生がおしえるのはピアノの技術だけじゃないのよ。あなたはピアノを鍵盤を叩くだけって思ってない?違うのよ。本物のピアニストになるにはピアノに対する心構えとか、文化的な素養とかそういうものが絶対に必要なの。でなかったらモーツァルトとかショパンなんて弾けないわ。先生は多分そういう事をあなたに教えるつもりなの。だから明日からも行きなさい。いい?サボったら定規でお尻引っ叩きますからね!」

 結局生徒たち全員翌日も教室に通うことになった。生徒たちは先生が教室のドアに来るのを不安げな表情で待っている。

「ねぇ、今日から先生私たちにどう教えんのよ。私昨日ママに言ったのよ。ピアノなしじゃ稽古にならないから別の教室移るって。したらママが先生はいろんな事教えてくれるから絶対に教室やめるなとかいうのよ」

「私も同じこと言われた。先生は一流の女性ピアニストを沢山育てているから何があってもやめるなって」

 生徒たちは皆親から同じようにやめるなと言われたと語った。彼女たちはしばらく考え込んだが、やがて生徒の一人がみんなに向かって言った。

「とにかく先生を信じるしかないよ。今まで先生のお陰でやってこれたんだから!」

 この生徒の言葉に他の生徒も頷いた。そうしてしばらく経つと中からインターフォンで先生の入れという呼び出しがかかった。生徒たちはいつもは先生が出てきて玄関を開けるのに今日は妙だと思った。先生は奥の教室で待っているから、ロッカーに荷物を置いたらそのまま教室に入ってこいと言っていた。生徒たちは言われたとおりに玄関を開けてロッカールームに荷物をしまうとビクビクしながら教室の前に立った。中からはなんの反応もない。この不気味なほどの静寂さに生徒たちは今日のお稽古は何をやるのかと不安になった。だがしばらくして彼女たちの一人が勇気をだして恐る恐るドアを開けた。そして目の前ね物体に驚いて立ち止まった。なんとそこには汚い裸にピアノの鍵盤をペインティングして机の上にうつ伏せになった先生がいたのである。お嬢様育ちである生徒たちは初めて見るむきだしになった男の裸に悲鳴を上げた。先生は騒ぐ生徒たちを嗜めてとりあえず黙らせるとうつ伏せのまま事の次第を話した。先生はSMバーでぼったくりにあって借金ができてピアノをそれで泣く泣く売ったそうだ。生徒たちはあまりに酷い話に呆れ果てこれじゃ稽古にならないもう帰ると言って帰ろうとした。だが先生はその生徒たちを呼び止めて言った。

「昨日も言っただろ。ピアノがなくても教室は続けるって。今日からは俺がピアノの代わりになってやる。ちょっと不細工なピアノだが、音はちゃんと鳴るんだ」

 そこまで言うと先生は血走った目で生徒の一人一人を舐め回すように見た。そして体をプルプル震わせて叫んだ。

「さぁ、俺をピアノだと思って弾いてくれ!フォルテッシモで叩くように情熱的に引いてくれ!さぁ、早く!」

 生徒たちは完全にブチ切れてじゃあ壊れるぐらいフォルテッシモで弾いてやるわと先生をボコボコにし始めた。先生はアアー!と大絶叫して見事なハーモニーを奏で始めた。強く叩けば叩くほどいい音が出る。生徒たちはそれから二時間超先生をフォルテッシモで弾き続け、先生は歓喜の大絶叫を奏でたが、やりすぎて翌日病院に担ぎ込まれた。


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