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私の三曲

 私の三曲はRain dropsの三曲しかない。あの少年の純粋さと痛みを歌った歌。それは今もなお私の大事な宝物だ。

すべての悲しき女の子たちへ

この曲は彼らのセカンドシングルだけど、私はデビューシングル『セブンティーン』より遥かに好きだ。なぜなら『セブンティーン』のように彼らのような純粋な少年が時として吐露してしまう女性嫌悪の部分がなく、逆に女の子の全てを包み癒してくれるような曲だからだ。たおやかな曲調に乗せて歌う照山君のボーカルがやはり素晴らしい。彼は純粋に少年の心ですべての悲しき女の子に頑張れとメッセージを送っているのだ。実際私が取材したファンの一人は『すべての哀しき女の子たちへ』を聴いて救われたそうだ。彼女はこの曲がなかったら私は自殺していただろうと涙ながらに語っていた。

次の曲はRain dropsのリーダーにしてメインソングライターである照山君がその内面を赤裸々に歌った曲だ。今まで純粋に少年性を輝かせていた照山君が自らのドス黒い内面に向き合い、そんな僕でも君たちは愛してくれるかいと歌っている。「神でさえ僕を見放した。裸の僕を見たら君はなんて思うだろう。こんな化け物みたいな僕でも受け入れてくれるかい?」当時の私たちは曲を聴いて、無邪気に私たちは照山君を受け入れる!と思ったものだけど、まさかあの事をまんま歌っていると思わなかった。

少年だった

リリース順が二曲目と前後するけどやっぱりこれを最後に語りたい。言わずと知れたRain drops代表曲『少年だった』だ。少年だったについて私は散々他の記事で書いたから今回は曲の内容について簡潔に紹介するだけにとどめる。この曲は彼らの少年性を最大限に輝かせた曲だ。曲には少年性の全てが収められている。特にサビで「少年だった!僕は少年だったぁ!」と照山君が痛切に叫ぶところなど今も胸を掻きむしられる。この頃の照山君は少年そのものだった。私は『少年だった』が発売された直後のライブに行ったけど、そこで聴いた『少年だった』はまったく凄まじかった。あの衝撃は思い出すだけで体が震えるほどだ。ああ!そして『少年だった』については悲しい思い出も語らなくちゃいけない。ファンにはみんなわかっている事だけど、Rain dropsはしばらく沈滞期を迎えた後での『裸』で再ブレイクした。そしてバンドは東京ドームで十周年を迎えて記念ライブをやったのだ。そのアンコール中の出来事だった。Rain dropsはライブ中終始ハイテンションで爆発しまくっていた。それはアンコールでも止まらずその勢いで『少年だった』を演奏したのだ。全身汗だらけの照山君は不思議なほど濡れていない髪の下からやたら垂れ落ちる汗を拭きもせず懸命に歌いギターを掻き鳴らしていた。どこまでも行くよ!という彼の言葉に私たちもついていくよ照山君とステージの照山君に向かって叫んだ。そうして大歓声のうちに演奏は終わったが、興奮の治まらない照山君はステージの天井に向かってギターを放り投げたのだ。その時照山君はギターと一緒に自分の髪まで放り投げてしまったことに気づかなかった。ハゲ面の照山君は髪が取れたのに全く気づかず、満面の笑みで客にピースフルなサインを送りながらステージを駆け回っていた。これが私の三曲についての思い出である。この後Rain dropsは活動休止になり、照山君は実は円形脱毛症でハゲじゃないと記者会見で釈明して東京ドームで復活ライブを行ったが、アンコール中にまたしてもかつらと一緒にギターを放り投げてしまった。その後Rain dropsからはなんの音沙汰もない。


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