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心理主義

木陰のテラスでティーを嗜む人々。みんなノートブックを開いたり、本を読んだりしている。全く現代的な光景だ。そのテラスの中央付近のテーブルにいる男がティーカップ片手に向かい側の女に言った。

「全くこれほど繊細な飲み物を好むくせに、どうして英国文学ってのはあんなに粗雑なんだろうね。まぁ勿論シェイクスピアの偉大さは認めるよ。だけど彼だってギリシャ悲劇やラシーヌの美しさには遥かに及ばないよ。小説に至ってはスウィフトだのデフォーだのディケンズだのお子様向けの読み物が大半で、デイトロとかラクロとラファイエット夫人とかフランス心理小説の繊細さと完璧さを好む僕のような人間にとっては本当に読むに耐えない代物ばかりだ。唯一僕を満足させてくれるのはヘンリー・ジェイムズぐらいだね。だけど彼はフランス文学に影響を受けた人間だし、それにアメリカ人だ。彼らは一体自分たちが好むこの繊細な飲み物から今まで何を学んできたんだろう」

 女はまた始まったと思った。アホな知識のひけらかし。ろくすっぽ文学も知らないくせに、いやだからこそ物知りぶりを見せたがる。男は続ける。

「君は今の僕の心理を読めるかい?」

「ああ、読めますよ。あなたの大嫌いな英国文学のジェイムズ・ジョイス風の意識の流れて説明してあげましょうか。ああ!今俺すっげえかっこいいこと言ってる。実はイギリス文学なんて、いや文学なんて全然知らないっていうか、本なんてほとんど読んだことないけど、この女バカそうだからわかんないっしょ。だから適当な名前あげて貶し気味に語ればこいつ絶対俺のこと文学に詳しい頭のいいやつって思うはず。だけど実は俺、その先も考えてるんだよね。次はアダム・スミスとか引っ張りだして経済語るの。それでだけど実は僕は経済に比べたら文学なんてさほど重要なものじゃないとか言うの。この女インテリぶりっ子だと思うから絶対引っかかるよ。だけどこの紅茶苦いな。俺普段午後ティーや紅茶花伝ぐらいしか飲まねえし。やっぱ本場もんだめだわ。でもコイツに悟られないように我慢しよっと。ああ、なんか椅子に座っていたら尻痒くなってきたなぁ。ばれねえように尻かこうかな。いやトイレ行って思いっきり掻こうか。でもうんこしてたって勘違いされたらどうしよう。やっぱり我慢するしかない。おっと今ふと見たらズボンの股が破れているの見つけたぞ。どうしてなんだよ。このズボン三ヶ月前に買ったものだぜ。コイツにばれたらなんて誤魔化したらいいんだよ。股が破れたズボンは今年のトレンドだって言っとけばいいっか……ってどう当ってる」

 男は顔を青ざめさせて言った。

「……大当たりです」


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