あのときの音色だけが、ここにつなぎとめている
そうして、目の覚めた私は、ぼやけて見える視界をどうすることもできず、起き上がることもできずに横になっていた。どこにいるとも判別のつかない曖昧な風景に、一抹の不安を覚える。
どことなく、思考も朧げに感じるのは、気のせいであろうか。ただ、それは仕方のないことかもしれない。夢と現の狭間にいるような、目覚めたばかりのこの感覚は、境界線をたやすく超えて、あちらへこちらへふれてしまう。けれど、
たぶん、大丈夫。おそらく慣れ親しんだ家にいるのだろう。きっとそうに違いない。それなら、
そのうち澄がきてくれるだろう。
それまでは、別に……。
私は先ほどまで何をしていただろう。あぁ、きっと、夢を見ていたに違いない。そうだ、眠っていたんだった。目を閉じればきっと、夢の続きが見られるだろう。
楽しい夢の続きが見られますように、と願いながら目を閉じようとしてーー澄の声が静々と聞こえた。あぁ、やっぱり、きてくれた。
しかし、何かがおかしい。
澄は少女の姿をしていた。語りかけてくる言葉も幼さの残るもので、はて、と私は疑問を感じたものの、そんなことお構いなしに話しかけてくる澄の声が愛おしく、だんだんと気にならなくなってきた。それどころか、霞んで見える視界には澄の他にもう一人、そう、私がいた。
私の意識だけが体から飛び出して浮かび、まるで天の神様のような位置からその様子を眺めているようだった。それはそれは不思議な感覚で、澄と私を私が見守っているような、そんな気持ちがした。
私は澄と並んで座り、隣で話しを聞きながら、とても楽しそうに笑っている。
段々と浮かんでいく私の意識は自由に動くこともできずに佇んでいる。楽しそうなその様子に手を伸ばすこともできず、触れることも許されないように、ただ見守ることしかできない。いつまで経っても、体を動かすことはできなかった。はて、どうしたものか。
それにしても、外側から私の姿を見るなんて、産まれてこのかた初めての経験である。よくよく観察してみると、私も幼い姿をしている……。はて。と、
ふいに誰もいなくなる部屋に心がゆれる。
「目は覚めましたか?」
いつの間にか、部屋が変わっているのに気がついた。いつの間に移動をしたのだろう。
私は澄に本を読んでいた。あれは何の本であろう。二人でよく本を読んでいた。読み聞かせもしていたのだったか、そんな気がする。そんな記憶が、蘇ってくる。
本に閉じこめられた想いをほどいていきながら、そのひとつひとつの気持ちに私たちを重ね合わせ、夢を見るように感動する。いつか、あの頃、描かれたその想いが、時を超えて心に届いてくる、そんな気がした。
私も澄も、そんな瞬間が心地よく、好きだった。
どことなく、安心した心地がする。あぁ、声が聞こえる。澄の声が、聞こえる。
温もりのある声に落ちついて、私は目を閉じた。
「本を読みましょうか」
薄ぼんやりしていく言葉が、どこからか聞こえる気がする。あぁ、心地いい。心地いい時間が、私を包んで抱きしめる。もう、
不安も感じない。ただただ、心地よい。
穏やかな声が快い情景を運び、幾億もの色に移ろいゆくように私の存在を映していた。私はその声を聞きながら、点在する笑顔だけを拾いあ つ め……
「おやすみなさい」
そうしてーー