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『それでも僕はここで生きる』

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連載小説です。ぜひお読みになってください。
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『それでも僕はここで生きる』 #6 ある日の午後

『それでも僕はここで生きる』 #6 ある日の午後

6.ある日の午後
 短い午睡を終え、眠い目をこすりながら僕は土曜日の午後を始めた。「俺は土曜が一番好きなんだ」昨日松下が言っていたことを思い出す。「土曜日…」僕は曜日だとか、記念日だとか、そう言ったものに執着しない。そんな性格だ。松下が何を意図してそんなことを僕に言ったのか、考えてみた。だが、わからない。何か重要な命題なのかもしれない。そう思った。だが、解決する前に電話がかかってきた。僕はハッとさ

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『それでも僕はここで生きる』#3 其の女

『それでも僕はここで生きる』#3 其の女

 3.其の女 
 「あら偶然ね」仕事帰りの僕に女が話しかけてきた。あの女かと思い、返事をしようと顔を上げた。すると、目の前にいたのはあの日喫茶店で出逢った女とは別の女が立っていた。僕はかなり驚いた。僕の人生の中で、こんな短い期間のうちに二人の女に話しかけられたことなどなかったからだ。僕はその女を見なかったふりをして立ち去った。
昔からそうなのだ。僕は都合の悪いことは無視をしてきた。それは人なら誰で

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一作目『それでも僕はここで生きる』 #1.終焉

一作目『それでも僕はここで生きる』 #1.終焉

1.終焉

 電車の窓から見えたあの大海原は、僕を恐怖のどん底へ陥れた。あの黒々とした荒波は、今にも私を飲み込んでしまいそうであった。   
まるで、クジラが海水を飲み込むような自然さで、そして大胆に。
 いつからだっただろうか。僕が海を恐れるようになったのは。気づくと僕は、海が怖かった。あの日、電車から見た海は僕の海への恐怖(いや、畏敬とでもいった方が良いのかもしれない)を増幅させて、それは僕の

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『それでも僕はここで生きる』 #2或る女

『それでも僕はここで生きる』 #2或る女

2.或る女
 「私に興味はないの?」彼女は言う。「ないよ」僕は答える。本当にないのだ。「そう」とだけ残して、彼女は去った。
その日僕は暗い路地にいた。ジメジメとした湿度が鬱陶しい日だった。履き古して穴のあいたニューバランスのスニーカーを履いて、スウェットを着ているというまるで近所のコンビニに出かけるような姿で。いつものことだ。行くあてもないのに外に出てジメジメした裏通りを徘徊するのだ。行くあてもな

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