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『それでも僕はここで生きる』

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連載小説です。ぜひお読みになってください。
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2021年1月の記事一覧

『それでも僕はここで生きる』 #6 ある日の午後

『それでも僕はここで生きる』 #6 ある日の午後

6.ある日の午後
 短い午睡を終え、眠い目をこすりながら僕は土曜日の午後を始めた。「俺は土曜が一番好きなんだ」昨日松下が言っていたことを思い出す。「土曜日…」僕は曜日だとか、記念日だとか、そう言ったものに執着しない。そんな性格だ。松下が何を意図してそんなことを僕に言ったのか、考えてみた。だが、わからない。何か重要な命題なのかもしれない。そう思った。だが、解決する前に電話がかかってきた。僕はハッとさ

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『それでも僕はここで生きる』 #5 友人

『それでも僕はここで生きる』 #5 友人

5.友人
 ある日、僕は仕事の合間に会社近くの公園で昼食をとっていた。太陽を浴びながら食べる食事は、僕の1日の中でも数少ない癒しとなっている。公園のベンチで、一人、空を眺めていると、いろいろなことを忘れられる。今日はなんだか雲の動きが早い。サンドイッチのパッケージを開けているところに、電話が鳴った。松下真一、僕の数少ない今でも連絡を取り合う幼い頃からの友人だ。僕は食事の邪魔をされたくはなかったので

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『それでも僕はここで生きる』 #4 僕

『それでも僕はここで生きる』 #4 僕

4.僕
 僕は何の変哲も無い家庭に生まれ、普通の学生生活を送ってきた。小学校の時には、運動会のリレーでアンカーになろうと必死だったし、中学校の時はそれなりに部活にいそしみ、高校では恋もした。それなりに勉強もして東京の大学に入り、上京した。大学にもそれなりに通い一般の企業に就職した。僕の人生は、全部それなりの人生だった。
深く付き合う友人はあまりおらず、女の子と付き合ってみてもあまり長続きはしなかっ

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『それでも僕はここで生きる』#3 其の女

『それでも僕はここで生きる』#3 其の女

 3.其の女 
 「あら偶然ね」仕事帰りの僕に女が話しかけてきた。あの女かと思い、返事をしようと顔を上げた。すると、目の前にいたのはあの日喫茶店で出逢った女とは別の女が立っていた。僕はかなり驚いた。僕の人生の中で、こんな短い期間のうちに二人の女に話しかけられたことなどなかったからだ。僕はその女を見なかったふりをして立ち去った。
昔からそうなのだ。僕は都合の悪いことは無視をしてきた。それは人なら誰で

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『それでも僕はここで生きる』 #2或る女

『それでも僕はここで生きる』 #2或る女

2.或る女
 「私に興味はないの?」彼女は言う。「ないよ」僕は答える。本当にないのだ。「そう」とだけ残して、彼女は去った。
その日僕は暗い路地にいた。ジメジメとした湿度が鬱陶しい日だった。履き古して穴のあいたニューバランスのスニーカーを履いて、スウェットを着ているというまるで近所のコンビニに出かけるような姿で。いつものことだ。行くあてもないのに外に出てジメジメした裏通りを徘徊するのだ。行くあてもな

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