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Inversion#1「ライブハウスにおける神事」(ゲスト:類家心平)

音楽家/記者の小池直也によるシンプルなインタビュー「Inversion」。業界の力学だと触れづらいトピックを中心に、音楽を始めとした広範囲なカルチャーを掘り下げていきます。

第1回目として話を聞いたのは、ニューアルバム『TOTEM』をリリースしたばかりのトランペット奏者・類家心平。8月2日に代官山・晴れたら空に豆まいてでリリースライブを控える彼に、今気になることをあれこれ話してもらいました。

(写真:西村満/撮影場所:下北沢・No Room for Square/ライブ写真:本人提供)


理解するよりも感じて


――現代におけるジャズに対するイメージってどう思います?

レストランなどで、いい感じのジャズが高確率で流れますが、お客さんにとっては「わからない」という漠然としたリアクションが多いかもしれませんね。だからこそBGMとして利用しやすいのかな。

――わからないからこそBGMとして最適なのかもしれません。楽曲構成やらソロリレーもポップスの規格外ですし。

BGMで流れている音楽が名演と知らず、普通にお客さんがレモンサワーを飲んでいたり(笑)。でも、それはアヴァンギャルドなライブも同じ。ただ抽象的な音楽でも薄いものは多分つまらないと思うし、それは表現する側の責任でもあります。

だから良いものである前提で一般的になってほしい。あとは理解するよりも“感じる”スタンスでいてくれたら嬉しいですね。だから昔のジャズ喫茶が爆音で曲を流していたのは合理的だったと思います。「とにかく浴びる」みたいな。

――文脈主義的な音楽批評だと“感じる”聴き方を育むのが難しいのかなと感じます。

ジャズに限らず、音楽はそういう聴かれ方を昔からされてきたし、料理におけるミシュランのようなガイド的な役割を担う人は必要。それに色々なことがコスパやタイパの考え方が強くなり、物事のスピードが速くなると、どうしても情報に頼らざるをえないのかもしれません。

ただ、それだと不足する部分もあると思うんですね。知名度がある人や音楽についてSNSで投稿すれば映えるのもわかるけど、ライブを軸にしている人間としては生音を聴いてほしいです。

シティポップはバグでしかない


――国内のジャズシーンは豊かな人材がいるにも関わらず、スポットが当たるのは一部の才能のみに見えます。それについて類家さんはどう思いますか?

仕方がないと思います。いつの時代も売れたら知名度が上がって、広告代理店やメディアも起用しやすくなります。その連鎖は続くだろうし、今に始まったことでもない気がしますね。

「そもそも掘るのが面倒くさい」というのもある。お金や時間もかかるから、生演奏を求めて色々なライブハウスに通って探すのは大変ですよ。

――個人的には新宿ピットインの昼の部はオススメです。

リーズナブルでいいですよね。ただ昼の時間帯なので普通に仕事をしている人は行きづらいですけど(笑)。

――また世界のジャズ・ミュージシャンは自身のナショナリティについて掘り下げている人が多い印象です。類家さんはご自身のアイデンティティについて、どう考えていますか。

海外の人が日本を見た時に、例えば箏や尺八など和楽器や民謡、音階などに「日本」を感じるのは当たり前だと思うんです。でも和楽器を使わずとも、この国で生活してきた人がトランペットなどの洋楽器を演奏すれば、自ずと海外の人とは違う質感になるはず。

だから環境的な要因で得たものをアウトプットすれば自然と独特になる。その程度の意識です。それだけで日本人の自分にあるアイデンティティ、個性の強さは海外で際立つんですよ。海外プレイヤーたちと違う何かを持つことが大事ですから。

――それは70~80年代のジャズや世界で人気のシティポップと同様ではないですか? 洋楽を模倣したらバグってしまったという。

あれもバグでしかないと思います。情報がない時代に洋楽をやろうとした人たちが、今ガラパゴス的に注目されているのは興味深い。ただ、それがどんな観点で面白がられてるのかは不明な部分もありますが(笑)。

実際に海外の人で「日本のジャズが好き」という人は多いです。そして当時から今に至るまで演奏し続けている先輩には、やっぱり音に込められた何かを強く感じる。ぜひ聴けるうちに聴いてほしいですね。

坪口昌恭が作曲した「Koh-i-Nur」の演奏動画。類家も参加した菊地成孔ダブ・セクステットverと、ニューヨーク在住のスコット・リーヴズと坪口の双頭バンドverである。リハーサル回数の違いによる精度の差はあるかもしれないが、日米におけるアプローチや質感の違いがよく表れた例ではないだろうか。

ライブハウスでの神事


――日本と世界のジャズの違いは何だと思いますか?

日本のジャズも一部ガラパゴス的に発展したシーンがあるような気がします。アメリカの人たちが持つカントリーミュージックの要素みたいに日本人が持つ独特なローカルなメロディーや歌い方は他の国にないですね。その辺は面白がってもらえる要素だと感じます。

――なるほど。

あとは根底に流れる宗教観もあると思います。一神教ではなく多神教が持つ八百万の神みたいな考え方も関係するのかもしれません。これについて海外の方と話をした事がないので何とも言えませんが、僕はステージやライブハウス、各楽器に神様みたいな存在が宿っている意識があるんですよ。

お客さんに向かって演奏するのは当然ですが、目に見えない何かのためにも演奏するみたいな、神事に通ずる感覚。それが作用して独特な色が生まれる。それが他の国の人が聴いた時にユニークで面白い点なのかも。

――ちなみに世界で人気といえば、AdoやYOASOBIなどの最近の音楽について思うことはありますか。

娘がボカロの曲をよく聞いてます。曲の作り方とか面白いなと思いますよ。「こういう発想はどうやったら出てくるんだ?」みたいな。スピードが速い気がしますね。どんどん新しいのが出てくる。

リズムや構成も独特ですよね。テンポが速いし、心地いいんだけど、音色という意味で言うと心地いいのかな?っていう部分は?ちょっとあったりとかするんだけど。でも音色って一番時代性が出るから。今のボカロPの人が作ってるものとか、あと10年ぐらいしたら懐かしいといわれる可能性はありますね。

――生成AIを使った音楽については?

もう仕方がないと思います。現状でさえアンビエントに関しては人間と遜色ないと感じますし、全然AIの方が優秀になるでしょう。これに関して思い出すのは、YouTubeが出始めた2007年とか、音楽がネットで配信されるようになった時期のこと。その時は「ライブの価値が上がるだろう」みたいな言説が強まったんですね。

でも、そんなことは全然なかった(笑)。それでコロナで外に出づらくなって、ようやく戻ってきたり戻ってこなかったりな状況が今。だからライブの価値が上がる訳でも下がる訳でもなく、価値が保たれてるって事が面白い。

これだけデジタルが発達して、配信ライブや新譜がスマホでチェックできるような世の中になりましたが、それでも生がいい人がある程度いる。音源じゃなくて、お金を払って現場で体験するって現実逃避みたいな部分もあると思いますし。だからAIが発達しても必要な人にとってはやっぱり必要なのかなと。

公演情報


8月2日 (金)
RS5pb “TOTEM” Release Live
場所:代官山 晴れたら空に豆まいて
開場 : 19:00 / 開始 : 19:30
チャージ:¥4,000(adv)/ ¥4,500(door)
http://haremame.com/schedule/77292/

編集後記(小池)


音楽理論で「和声の展開系」を指す「Inversion」。本企画はシンプルなインタビューだけど、どこか違う形にしたいと思って命名しました。

業界的な力学やPR記事ではない、ジャーナリスティックな角度からアーティストの創造性に迫るオルタナティブな道を確保しなければいけない。そんな使命感とともに細々と更新していこうかなと考えています。

今回の記事はsmart Webで公開されたインタビューで使えなかった音楽的すぎる部分を掲載したアウトテイク的なものです。私が最も尊敬するアーティストのひとり、類家さんの口からは金言が多くて勉強になりました。

起用で複雑なコンセプトを演奏できるプレイヤーだけではなく、彼のように真にユニークで自分のスタイルを持ったアーティストこそAI時代に真価を発揮するのではないかと個人的には感じます。

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