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004. Work Chair|選択肢の幅

WFHになってから大きく存在価値が変わったものにオフィスチェアがやっぱりあると思う。オフィス空間で働く時であれば、ある種の公平性が担保された上で用意された、いくつかの種類のチェアから一つを選んで座っていたのではないだろうか。

座っていて疲れない機能性、オフィスのしつらえを作るスタイリング、そして何十脚も揃えた際のコストインパクト、その他もろもろが選ばれる理由でもあり、その「オフィスチェア」としての選定理由から逆算する形でオフィスチェアは進化してきたといっても過言ではないと思う。

そんな「オフィス最適化」してきたチェア達も舞台を自宅へと移され、新たな存在価値を求められるようになってしまってしまい、あたふたしているのだろう。

インテリアとしてのワークチェア

オフィスに最適化されてきた「オフィスチェア」は、今後、数年の間で多種多様なワーク環境を想定した「ワークチェア」として新しい進化の系譜をつくっていく転換期に来ているのだろう。自宅で働くことが増えた自分にとっても、新しい考え方のチェアがこれから出てくることは、とてもとても楽しみだ。

とはいえ、そんな「WFH用ワークチェア」の需要は一気にやってきて、現存するチェアだけでいろんな自宅を満たさなければならない状況がここ一年ほどだったのではないだろうか。デスクスッキリマガジンで紹介されるワーク環境にこだわる人も(さらっと触れる程度の方が多くても)どんな椅子を選んだかには言及されていた。自分もそれが気になっていた1人でもある。なぜならやっぱり簡単な買い物ではなかったからだ。

悩みの種は、「家に置きたくなるちょうどいい椅子がない」こと。

それは機能的に座り心地がいいことや昇降機能があることはもちろんだが、スタイリングとしてインテリアにマッチすることを両立するものがなかなか難しい。重要視することは人それぞれだと思うが、自分にとっては、それがとても大きくてなかなか選べずにいた。

これまでの進化の系譜でオフィスチェアは、どんどん樹脂素材に置き換わり、稼働箇所が増えるにつれパーツが増え、どんどんサイズも大きくなり、カラーリングがビビットになっていく。どうしたものか。せっかくだからと憧れのアルミナムチェアも考えたが値段も手が届かず、サイズを見ると意外に大きく、家に置くことを考えると少し違和感があった。

家で働く上で、正直なところ、オフィスチェアとして最小の機能があれば事足りる。パーツを減らし、樹脂も減らし、サイズもできるだけ小さくした、削ぎ落としたモノを探していた。考えれば考えるほど、きっとそれは昔にもう実現されているはずだと思えはじめた。これまでにない働き方をしているつもりでも、少し引いた目で捉えれば家で一日中デスクで作業をするという意味では、昔の働き方にタイムスリップしているとも思えたからだ。


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KEVI Chair

そんなこんなでいきついたのがデンマーク生まれの隠れた名作、KEVI Chair。デンマーク人のデザイナーJorgen Rasmussen / ヨルゲン・ラスムッセンが1958年にデザインしてから、細かなアップデートはありつつも基本デザインは変わっておらず、今でも新品のモデルが製造・販売され続けている。今やオフィスチェアのスタンダードになっている2対のホイールタイヤを重ねることでスムーズな可動を実現したダブルキャスターホイールを1965年に発明したのもこのラスムッセンと双子の兄弟であったイブ・ラスムッセンのふたりである。そしてそれがはじめて搭載された椅子こそがこのKEVI chair。

今回はとても運がいいことに、自分が探していた時期にちょうどフリマサイトに出品されていたものを購入できた(現行品の1/10くらいの価格で…)。脚が4本で、背骨が角柱のモデルは、販売元が1980-2008のフリッツ・ハンセン社に移る前のモデル。ラスムッセンがデザインした原型にかなり近いモデルであり、そのこだわりを随所に感じることができた。(現行品を販売してるENGELBRECHTS社の資料によるとおそらく1970年代のモデルだと思われる)

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現行品を販売しているENGELBRECHTS社HPより



削ぎ落とされたシンプルなデザイン

金属のフレームに合板が合わさっただけの極めて簡素な造形は、オフィスチェアの原型的ともいえるシンプルさを持っている。その真髄は背もたれのを支える一本の金属フレームや、ダブルホイールを4本足の躯体の中に溶け込ませる造形にも現れている。

座面の高さと背もたれの角度を調節するハンドルにおいては球体が付いているだけ。ハンドルを触る回数と見る時間を比べればそこに求めるユーザビリティと審美性のバランス感覚は、こうなっていても納得できる。とはいえ、座面の昇降だけでなく、背もたれの角度調整もでき、背中を支える合板は腰の角度に合わせて追従する。ここにクッションを置いて一年以上使っているが今のところ快適に仕事ができている。製造されて50年以上経ってもしっかり機能するデザインは、まさに原型的でありいろんな意味で背筋が伸びる。

半世紀のマイナーチェンジのなかで、このバランスが徐々に時代を反映し、アップデートされている。アントチェアの脚がヤコブセンの死後すぐに3本から4本になったことも有名だが、KEVI Chairの現在のモデルは脚が4本から5本に増え、安定性も座り心地もアップデートされ続けている。

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サドル的チェア

特にKEVI Chairで素敵なところは、その昇降機能の簡易さだと感じている。現代のオフィスチェアには昇降機能がほぼ必ず付いている。オフィスでは、いろんな人が使うことも想定し、ハンドルを押せばワンタッチで高さを簡単に調節できる油圧式がほとんどだ。KEVI chairの昇降は、いわば自転車のサドル調節と同じ方式。ネジを緩めて締める。ただそれだけ。手間という観点ではオフィスチェアに比べればなかなかめんどくさい。ただ、自宅のデスク用として考えるとそれほど座面の高さや背もたれの角度を調節する機会はあまりない。ワークチェアを「愛用自転車」と捉えれば、むしろ簡単に変えれないくらいがちょうどいい操作性とも思えるし、何より自分の椅子としての愛着も湧いてくる。

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選択肢の幅

WFHによる環境の変化は、新しい機能を開発する機会と捉えることもできれば、機能やスペックを一度立ち止まって見直し、「これで良い」と最適な程度を考える機会にもなるのかもしれない。10年以上前の学生時代に参加した講演会に登壇されていたデザイナーさんの言葉を、ふと思い出した。

「機能を増やすには技術がいるが、機能を減らすには哲学がいる。」

自分たちの価値観や常識がゆらぎ、目指すべき方向性を一度立ち止まって見直すべき今の時代、一つのベクトル上で半世紀もの間に進化を続け、扱いきれないくらいに肥大化した機能を見直せるタイミングが今なのかもしれない。

それだけでなく、これだけ大きな変化が世界レベルで起きたことを考えると、「環境の変化に合わせた商品開発」自体が手遅れなのかもしれないと思えてくる。現代に最適化された新商品を開発し、毎回新品を選んで買うのではなく、昔の時代に考えられ、製造されたモノを候補に入れ、「これで良い」と思えるモノを選択して使うことの方が、実は自分の求める最適解を選べるのかもしれない。過剰とまで思える機能性の進化が進んだ今だからこそ、選択肢の幅は思いのほかすでに用意されている。

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001. Pepper Mill | 景色を作る
002. Teapot Tray|新しい居場所
003. Plant Pot|用途の金継ぎ
▶︎ 004. Work Chair|選択肢の幅
005. Hand Soap|記憶の再生
006. Glasses Tray|問いのない答え
007. Rice Cooker|小さな変化

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