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創作集-空想

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#小説

細胞

電車には、まばらに人がいる。私はなるべく端っこにいる。そんな人間だ。
同じ車両、対極に、あの人がいた。あの人は、窓の外をぼーっと見ている。あの人はこちらには気付きそうもない。声をかけようか、しかしそんな勇気は無い。そんな人間だ。
冴えない顔の、面皰を一つ引っ掻いて血が滲んでいる、そんな私は一方的に眺める以外方法は無い。
同じ世界の、しかも同じ時間同じ車両にいるはずの、私達は全く別の世界にいる。私に

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夏闇

みっちゃんは、転んでも叩かれても泣かないわたしを、「あいこちゃんは変だ」と言った。
わたしからすると、みっちゃんの方が変だと思った。
蛙や虫を捕まえたわたしを見て、「やだ、そんな気持ち悪いの」と言った。
みっちゃんの方が、気持ち悪い。子供のくせに、いやに背が高い。ませている。
「こんな田舎はいやだ。将来絶対に都会で暮らすんだ。」
ああ、失敗するだろうな、と思った。
別に、みっちゃんのことが嫌いなわ

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神隠し

私は部屋で、ぼうっと窓の外を眺めながらインスタントコーヒーを飲んでいた。よく晴れている昼下がりである。

しかし、ここは私の部屋ではない。

私は、大学に入学してから、写真部へ入部した。永尾とは、そこで出会ったのである。彼はとにかく幸の薄そうな顔立ちで影も薄く、それに加えて自分から喋ろうとはしなかったし、話しかけられても小さく返事をするのみであった。
部員たちは、(少なくとも表面では)意地の悪い人

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少しだけ待ってて。

私を唯一愛していてくれていた筈の人が、突然居なくなった。
故意に自分を殺めた。
その事実を知った時、私は、思い出す限りの愛してるという言葉も柔らかい笑顔も少し小さな声も、その全てが急に気持ち悪く感じられた。
私は嘔吐した。
全てが嘘だった。
だって、私を愛しているのに、自ら命を絶つ訳がない。
不思議と、悲しみは襲ってこなかった。
私は、部屋にあるあの人の痕跡を全て消そうと試みた。
全てを捨てた筈な

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悪夢と現実と、(後)

男が、ゆっくりと近付いてくる。
私は、跳ね上がる心臓を抑えつけながらゆっくりと後ずさる。
そうすると、突き当たりに当たった。
男は、ナイフを突きつけながら止まった。

「何ですか…何がしたいんですか…。」

「どこかで会ったことがあるか……その疑問にお答えしましょうか。」

「え……?」

男はあくまで表情もなく、瞬きすらしなかった。

「…私の母は、私が小学2年生の時に…自殺しました。
何故だか

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悪夢と現実と、(前)

男が、ゆっくりと近付いてくる。
私は、跳ね上がる心臓を抑えつけながら、ゆっくりと後ずさる。
そうすると、曲がり角に差し掛かって、私は咄嗟に右に曲がった。そして、曲がった瞬間に勢いよく走り出す。後ろは見ず、ひたすらに走った。
そうして、どこまで来たのか分からなくなった頃、私は走り疲れて立ち止まった。
後ろを見た。流石にいなかった。
はぁ、と溜息を吐いて、ふと前を向いた時。

私は、これほどまでに驚き

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旋律

出先で、こじんまりとした良い雰囲気のバーがあったので、そこで少し飲んでいくことにした。
カウンターの奥の方の席に座り、当たり障りのないカクテルを嗜みながらボーッとしていると、隣の席に、お世辞にも綺麗とは言えない身なりのおじさんがどさっと座った。

「見ない顔だねぇ。ここ、初めて?」

いきなり話しかけてきた。常連なのだろうか。
バーには似合わない見た目だけれど。

「あ、まぁ…。仕事の関係でこの辺

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水槽

水槽

母が死んだらしい。
そう言われても、何も感じることが出来ない。

「50%の確率で毒ガスが噴射される箱に猫を入れた時、その猫が生きているか死んでいるかは箱を開けてみるまで判別出来ない」

かなりあやふやで掻い摘んだ説明だが、シュレディンガーの猫という有名な思考実験である。
結局、人間は自らの視覚を通じてその場面を目撃しないと、出来事を認識出来ないのだ。
よく分からないが、ともかく、「母が死んだ」と

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喫茶にて

こんな所に、喫茶店なんてあったんだ。
結構長いこと住んでるのに、初めて知った。

小さくて、ボロい喫茶店。
こんな時代じゃ、すぐに潰れてしまいそう。

中もボロかった。
机も、少しささくれだっているし。寡黙そうな店主が1人。私を一瞥して、特に何も言わずにメニュー表だけ持ってきた。

何にしよう。
無難にアイスコーヒーかな。
あと…プリン。喫茶店のプリンって、何かいいよね。

仕事を辞めた。
ブラッ

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深海

深海

良い時代になりました。
どんなに離れていたって、好きな人に画面越しに会うことが出来るんですもの。

貴方はいつも、金曜日の深夜、どこかの海で美しいギターの音色を、世界に発信しています。
その音色は、決して沢山の人に知られてはいません。しかし、それを見つけた際、心がすっと救われるような心地がしたのです。
私は、毎週金曜日の深夜、これだけを楽しみに生きていると言っても過言ではないくらいです。
本当は、

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