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深海

良い時代になりました。
どんなに離れていたって、好きな人に画面越しに会うことが出来るんですもの。

貴方はいつも、金曜日の深夜、どこかの海で美しいギターの音色を、世界に発信しています。
その音色は、決して沢山の人に知られてはいません。しかし、それを見つけた際、心がすっと救われるような心地がしたのです。
私は、毎週金曜日の深夜、これだけを楽しみに生きていると言っても過言ではないくらいです。
本当は、美しい音色と、それを紡ぐ白くて長い指を、私だけのものにしてしまいたい。
勿論無理です。貴方は何処にいるか皆目見当もつきません。
一度だけでいい。この目で本物を見たい。
しかし、貴方は一週間に一度の配信以外活動していないようで、顔も出しておらず、情報が殆どありません。
いつも仕事中は、どうやったら会えるのか、そればかり考えてしまいます。

ここ最近、不幸事が続きました。
私はすっかり精神がやられてしまい、貴方の音色ですら心を満たすことが出来なくなってしまいました。

死んでしまいたい。

そう思って、金曜日の深夜、半ば導かれるように海に向かいました。
このまま海に沈んで、藻屑となることを望んで。

その時、美しい、神秘的な、それでいてどこか親しみのある音色が聞こえてきたのです。

そこには一人の男性がいました。
少し長めの黒髪で、華奢な、ぱっと見は地味ですが、静かに此方を振り向いたその瞳はまるで目の前の海のように深く澄んだ色で、私は忽ち吸い込まれてしまいました。

……この人だ。

私は直感で分かりました。

私がずっと会いたかった人。

その人は、私を見ると、何も言わず軽く会釈して演奏を続けました。
私はずっと立ち尽くしたままでした。

演奏が静かに終わると、彼はもう一度此方を見て、

「……いらっしゃい。」

波に掻き消されそうな小さな声でそう言いました。

「…私は、生きててもいいんですか?」

自分でも、何を言ってるんだと驚きました。
初対面の人に何てことを。

彼は特に驚いた風もなく、ただ海の方をじっと見ながら、
「今弾いた曲は、私が作った曲です。私が夜のこの海を気に入って作ったんです。」

「………」

「別に、この海に変わった所は何もありません。もっと綺麗な海は沢山あるでしょう。それでもこの海の、しかも夜がいいと思ったのは、完全に私の感覚なので上手く言えませんし伝わらないと思いますが…一つ言えるとしたら、この静寂です。」

「…静寂?」

「はい。波の音以外何も聞こえない。この静寂もまた、綺麗な音だと思っています。」

「はあ……。」

あまり言っていることが分かりませんでした。

「まだ、私もこの静寂の音を完璧に聴きとることは出来ません。私は、それを聴きとれるようになるまでは、生きたいと思っています。」

お互い無言になりました。
静寂の音。何だろう、それは。
理解したい。理解したい……。

「また、来てもいいですか?」

もっと、何か言葉を伝えたかったが、出てきたのはそれだけでした。

「勿論。」

彼はその時初めて、少し口角を上げたのです。

少しずつ、夜が明けようとしている……。

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