Nanochi

文章を書くことが好きなので、日々の考えを文章にして書き出してみることにしました。 共感…

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文章を書くことが好きなので、日々の考えを文章にして書き出してみることにしました。 共感いただけることもあれば、意味不明だと感じることもあるかと思いますが、 よろしければ、お暇な時のお供にさせてくださいませ。 p.s.誰も信じまいと思いますが、普段は若者言葉乱用のギリZ世代です。

最近の記事

私と姉の特殊な関係(その3)

〈私と姉の特殊な関係〉〈私と姉の特殊な関係(その2)〉の続きです。 自分の過ちを素直に認め「ごめんなさい」と言えるということが、 どんなに大切なことであるかは、すでに多くの人がよく知っています。 しかしそれ以上に、相手を許すことも、儚く大切な感情であると私は思います。 姉がまだ実家にいた頃のいつかのある日、 家族団欒中、何かの折に遠い昔を懐かしむように、 母が姉の酷い反抗期時代のことを口にしたことがありました。 姉のしたことの数々を、笑い話をするように話す母に父も同調し、

    • 私と姉の特殊な関係(その2)

      〈私と姉の特殊な関係〉の続きです。↑↑ 自分の過ちを素直に認め「ごめんなさい」と言えるということが、 どんなに大切なことであるかは、すでに多くの人がよく知っています。 しかし私はそれ以上に、相手を許すことも、儚く大切な感情であると私は思います。 さらに時が経ち、私も無事に中学校に進学し、 そして私にも、思春期なるものがやってきたのです。 両親からの縛りがキツいことはもとより、 逆らったらどうなるかを身近で見てきたために尚更、 反抗したくても、怖くてできませんでした。 その

      • 私と姉の特殊な関係

        自分の過ちを素直に認め「ごめんなさい」と言えるということが、 どんなに大切なことであるかは、すでに多くの人がよく知っています。 しかし私はそれ以上に、相手を許すことも、儚く大切な感情であると思います。 突然ではありますが、タイトルの通り、今から私と姉の 特殊な関係について、話してみようと思います。 私は、重度の先天性の心疾患者です。 とはいえ、様々な方のご尽力により、幼稚園から大学卒業まで 健常者とともに普通科に通い、現在は一般企業で毎日元気に働いています。 私は母の故

        • アンガーマネジメントの成功

          他に怒りの感情を持ったとき、どのように気持ちを鎮めましょうか。 よく聞くアンガーマネジメントには、目を閉じて5秒間数えるだとか、 ゆっくり大きく深呼吸をするだとか、そういったものが挙げられます。 確かにこれらは、怒り心頭しているときには、非常に効果があるのかもしれません。 マグマのように沸き立つ怒りは、スッと鎮まり、平常心を取り戻せましょう。 けれど、正直申しまして、それはその瞬間にのみ効果を発揮する対処法のようにも思えます。 もう二度と同じ問題が起きないのであれば、その時

        私と姉の特殊な関係(その3)

          信じるに足る人は、

          突然ですが、今あなたが信頼を置いている人を、思い浮かべてみてください。 家族、友人、恋人、職場の人、先生、先輩、後輩…… どのような関係性でも構いません。 この人になら、大っぴらにはとても言えないことも、 何故だか言えてしまうな、ついつい話してしまうな、 安心するな、と思わせてくれる人です。 きっと、皆さんが思い浮かべた方たちは、一人ではないでしょう。 それぞれ知り合ってからの期間も異なるでしょうし、 会う頻度、話す頻度なども各々で違うのだろうと推察いたします。 ではなぜ、

          信じるに足る人は、

          体温

          身近な人が、理由も告げずに心を閉ざしてしまったとき、 傍で見ていながら気がつけなかったあなたは、 心を閉ざすまでになってしまったのは、 自分のせいだと思ってしまうかもしれません。 あれこれと、思い当たる理由を探しては反省して、謝罪もして、 それでも変わらない様子だったとき、あなたはまた何度も自分を責めるのでしょう。 ですが、もしかしたら、それは性急な考え方かもしれません。 そのような状態に陥っているとき、あなたは相手のことを考えているようで、 自分のことばかりが頭にありませ

          愚かしい退屈

          退屈は、人生を愚かにします。 過分な言い方かもしれませんが、私は本気でそう思っています。 退屈であると自身で認めてしまうことができれば まだ改善の余地があって良いのですが、 自身の退屈な生活に、気がつかないことが稀にあります。 嫌な時間の過ごし方だと思います。 気がつかない退屈は、気がつく退屈と違い、 何かをしていたり、誰かと一緒にいたりすることが多いように思います。 脳はほとんど動いていないけれど、手は機械的にでも動いているから…。 楽しくなく、興味も持てない空間にいるけ

          愚かしい退屈

          心が辛くなったときの対処法

          私事でたいへん恥ずかしいのですが、最近のある夜、大泣きをしてしまいました。 日々生活していると、様々なことが降りかかってきます。 性別、年齢、立場、肩書は一切関係がなく、容赦もありません。 無論、何に対して辛いと感じ、その辛いことにどれだけの期間我慢が できるかは人それぞれですから、全ての人間が、同じだけ辛い思いをしているとは思いません。 それでも、辛いことは辛いのです。 全てを投げ出したくなることも、時にはあるのです。 その夜、ついに全てを嫌いになりました。 苦しくて苦

          心が辛くなったときの対処法

          自信を持って!

          「自信を持って!」「自分に自信があるから大丈夫」 「あの人は自信家だ」「自信がある人は鼻につく」・・・ 自信って何でしょうか。 自分を信じると書いて、自信といいます。 意味も、読んで字の如くといったところで、 わざわざ説明など受けずとも、理解のできる言葉ではありますが、 自信って何でしょうか。 そもそも何を以て、どの部分を指して「自分」と呼ぶのでしょうか。 少々回りくどい言い方をしてしまいました。 私が言いたいことは、誰が本当に自分自身のことを、 正確に理解していまし

          自信を持って!

          心にもないこと

          心にもないことを言ってしまった、という台詞がありますが、 私はこれを言う人を、基本的には信じないことにしています。 人はモノを脳で考えますが、自己の感情に関することには、 心から思う、自分の心に聞く…等、「心」という言葉を用います。 実際、人が物事を考えるときにどこが機能するのか、 心は存在するのかといったことは、本日の議題にはいたしません。 今回は、人は物事を心で考える、ということを前提にして進めてゆこうと思います。 本日の独り言は「心にもないことを、人は言わない」です。

          心にもないこと

          探し物はなんですか、見つけにくいものですか

          道端に落ちている落とし物を、見て見ぬ振りをすることが多くなりました。 色鮮やかなスカーフ、赤ちゃん用の小さな靴下、踏み付けられて黒ずんだハンカチ…。 中高生の頃までの私は、落とし物を見て見ぬ振りをして 通り過ぎることができない質でした。間違えて一度通り過ぎてしまっても、 その場に戻って、どこか近くのガードレルなど、地面ではないところに 置いておいていました。 そうでないと、心がチクリと痛んだからです。 それなのにいつからか、何かしらの理由をつけては、 見過ごすようになりまし

          探し物はなんですか、見つけにくいものですか

          好きで固めた人生

          自らの「好き」で周りを、この世を固められたらば、 どんなに良いことかと、考えたことがあります。 "考えたことがある”というより、今でも度々考えます。 そんな妄想に耽っているときは、大抵何かしら心が疲れているのでしょう。 如何にも、現実逃避したい人間が考えそうなことですから。 さて、話しを戻しまして。 自分の好きな食べ物だけが周りにあって、 好きなお洋服を着て、好きな人と好きな場所へ行く。 当然そこには、仕事もなければ、時間に追われる瞬間もありません。 好きを並べるのですから

          好きで固めた人生