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連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】  8話「狼煙を上げる」(1)


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8話 「狼煙を上げる」(1)


 ゴナンとディルムッドが盗み聞きした内容は、一応、リカルドとナイフにもこっそりと共有された。一方で、自身等の不手際でミリアを命の危機にさらしたと責任を感じていたクラウスマン夫妻に、ミリアとエレーネは何かの説明をして謝罪をしたようだった。その詳細は他の者には伝えられなかったが、結局、今回の件は外向きには、ミリアが当初主張した「誰の敷地でもない場所で自分で拾ったよくわからない草を食べたせい」ということになった。

(…ミリアの下手な嘘から生まれた妙な設定が、また増えてしまった…)

リカルドは心の裡で苦笑いをする。ともかく、ミリアは順調に回復している様子だ。それまで通りエレーネと同じ部屋で、療養を続けている。

 今日は久々に青空教室が開催される日である。リカルドは例によって父兄参観のように、その様子を見守っている。ゴナンは、ソワソワと辺りを見回して落ち着きがない。見ると、エドワードら年長の子ども達の姿が少ないようだ。

 ジョージがその様子に気付いて、ゴナンに声をかけた。

「エド達がいないのが気になっているのか?」

「あ、はい…」

「あの子達はみな、キィ農家の家の子だからな。収穫が始まったから、その手伝いに駆り出されているんだ。いっときは来れねえだろうな。あのケンカのせいじゃねえから、心配しなくて大丈夫だよ」

「…」

ホッとしたような、ガッカリしたような、複雑な表情を浮かべるゴナンに、ジョージはニッコリ笑って頭をくしゃっとなでた。エドワード達が来ていたところで、きっとまだ、ゴナンはどう話しかけて良いか分からなかっただろう。

 ミリアが寝込んでいる間は休止していたディルムッドとの鍛錬もまた始めたし、空き時間は図書室でたくさん本を読んでいる。それでも、どこか元気がなく見えるのは、やはりエドワードとのことが心に引っかかっているからであろう。生まれて初めての「友達とのケンカ」。そしてリカルドは、そのことに対して何もアドバイスをできずにいた。


 その日の夜。

ゴナンが部屋に戻ってこず、書斎を探してもいない。リカルドは「また行方不明に」と心配になってあせあせと探し回ると、その姿は庭の大きな樹の下にあった。

「…ゴナン、どうしたの? 体が冷えるよ」

リカルドもゴナンの元へとやって来た。ゴナンは木にもたれかかり、夜空を見上げていたようだった。

「うん…。大丈夫」

「彼方星を見てたの?」

リカルドは持ってきたブランケットをゴナンの肩にかける。無言で頷くゴナン。クラウスマン邸に来て、体調が回復してからは毎日が楽しくて、ミリアの拾い食い事件のときはそれどころではなく、彼方星を見上げることもなかった。しかし、エドワードのことが気に掛かってモヤモヤして、つい夜空の元に出てきてしまったゴナン。

「彼方星が、すごく大きく見える」

「ああ、そうだね。この街はとても空がキレイに見えるんだ。そんなに高地にあるわけでもないんだけどね。だから先生は、隠居住まいをこの土地に決めたんだよ。先生の研究は空を見る必要があるからね」

「へえ…」




「今日はどんな本を読んだの?」

「…お金の本。お金がどうやってできたのかとか、どうして価値があるのかとか…」

「えっ、お金?」

意外なジャンルに、リカルドはつい聞き直してしまう。

「お金の使い方は知ってたけど、結局、お金がなんなのかが、ちゃんと分かっていなかったから…」

「ああ、なるほどね…」

感心したように呟くリカルド。

「…そういえばゴナンは、村ではお金をさわったこともなかったはずなのに、節約とか、お金の価値とか、とても慎重だよね」

 だからこそツマルタで失踪騒動を起こしてしまう羽目にもなった。

「うん…。兄ちゃんが、いつかお金を扱う日が来るかも知れないからって、『お金は怖いぞ』って教えてくれてたから」

「ははっ。やっぱりアドルフさんか」

リカルドは遠い地の友人を思い出し笑う。

「…アドルフさんも今、もしかしたら彼方星を見上げているかもしれないね。そう考えると、あの村もなんだか近くにあるように思ってしまうなあ」

「うん…」

「手紙が届いているといいけどなあ…」

そう呟いて、リカルドも彼方星を見上げてぼんやりとする。





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