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連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】  7話「毒と薬」(2)


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7話 「毒と薬」(2)


 夜にはミリアの容体は安定してきた。結局、毒の正体が分からなかったため解毒薬を作れず、体の排出機能を高める薬草を与え続けたという。強い薬でミリアは苦しそうにしていたが、全身の神経症状が一段落してきたようであった。

「…ひとまず、脈も呼吸も安定してきたわ。命は大丈夫そうよ。どういう症状が残るかは、まだ分からないけど…」

マリアーナが疲れた表情で皆に報告しに来た。ひとまず安堵の息をつく一行。ミリアはマリアーナの研究室のベッドで治療を受けており、ゴナンとリカルドの客室にディルムッドとナイフも集まってきていた。エレーネもミリアについているようだ。

「マリアーナ先生。私達も何か手伝うわ」

「ありがとう、ナイフちゃん。でも、お医者さんと看護師さんも今日は泊まりで診てくれるそうだから、あなた達は心配しないで」

 ミリアを看るために部屋を去るマリアーナ。その姿を見届けたのち、ナイフがディルムッドに頭を下げる。

「…ディル。ごめんなさい。あなたに『護衛が過ぎる』なんて言っていたけど、甘く見ていたわ。こういうことが日常茶飯事だから、あなたはあんなに慎重だったのね」

「いや…」

ナイフの謝罪にディルムッドは首を横に振る。彼もまた、落ち込んでいる様子だ。

「…あなたは間違っていない。正直、私も、この環境でここまでの危険がありうるとは思ってはいなかった。ミリア様の正体を知るものはいないはずの田舎町で、しかも宿など不特定多数の人間が出入りする場所でもない、個人の居宅だ。不審な気配は何も感じていなかったし…」

「…お、俺のせいだ…。俺のせいでミリアが一人になったから…」

ゴナンが声を震わせながら、そう呟く。リカルドは首を傾げた。

「? ゴナン? 何かあったの? そのほっぺ…」

ゴナンの唇の脇には血止めの布が張られており、右頬は少し腫れている。全身、服も顔も土まみれのまま。リカルドはゴナンの頬に手をあてて心配そうにさすった。

「ケガしたの? 転んだ? 大丈夫?」

「…うん…。俺のことはいいから…」

そう言ってうつむくゴナンに、ディルムッドが優しく話しかけた。

「ゴナン、今回の件でお前が責任を感じることは何一つない。リカルド、ゴナンの件はあとで話す」

「? あ、ああ…」

ディルムッドが話を続ける。

「…外部の人間がこの屋敷で突然、あの短時間に忍び込んでミリア様に気付かれず毒を盛れるとは思えない。私はエレーネを疑っているのだが…」

「えっ?」

ディルムッドの言葉に、思わず声を上げる一同。予想だにしない名が挙がった。

「そんな、まさか…」

「…先ほど、エレーネの様子がかなりおかしかった。何かやましいことがあるかのように、私の目には見えた」

「でも、エレーネはずっと僕たちと一緒に遺跡にいたんだよ」

リカルドのその言葉に、ナイフも頷く。特段、彼女に不信な様子は感じなかったが…。

「ああ、そうなのだが…。エレーネが頑なに、自分が淹れたお茶を飲むように勧めていたことも、気になってきている」

「いや、それは、ミリアが淹れると泥のようなお茶が仕上がってしまうせいで…」

「泥?」

「……」

リカルドは少し思案する。その泥のようなお茶もエレーネから聞いただけで、実際に見たわけではない。しかし…。

「…でも、僕もエレーネが淹れたお茶は飲んだよ」

「ああ、私もだ。ただ、例えば茶器や茶菓子の方に仕掛けをしたりと、何かはかりごとを尽くしてということも…。ずっとミリア様と一緒にいるのだから、準備の時間はいくらでもあっただろう」

「……」

ディルムッドはそう言うが、3人ともどうしても、エレーネが犯人とは思えない。ディルムッドはさらに尋ねる。

「というか、今さらの話で申し訳ないが、そもそも『どこかの国の高位な貴族の令嬢らしい』としか素性が分かっていないのも気になる。貴殿等はなぜ、エレーネを信頼してミリア様を任せたのだ?」

「なぜ?」

そう聞かれて、リカルドは記憶を遡る。ストネの街で初めて会ったとき、リカルドは彼女に対して絶対的な信頼を抱いた瞬間があったように思うが、それは何だったか…。確か、ミリアがエレーネを引っ張ってきた直後…。

「…ああ、思い出した。それは、彼女が、誰にも見向きもされていなかった僕の論文をわざわざ写して持ってくれていたからだ。それで、絶対に悪い人ではないと」

「……それだけで?」

「……それだけで」

「……そんな馬鹿な」

思わずディルムッドが心の声をこぼし、すぐに「と、失礼」と自重した。



「ああ、それと、ナイフちゃんが警戒していなかったからかな」

「ちょっと、私に押しつけないでよ。…まあ、確かにそうだったけど。ただ、最近は人を見る目っていうのの自信がなくなってきているのよね…。ロベリアちゃんだとか、ヒマワリちゃん…、もとい、ルチカだとかの件で」

 ナイフは腕を組みリカルドにそう付け加えるが、少し納得のいかない表情を見せる。

「…でも、ディル? もしエレーネが何かの目的でミリアに毒を盛るにしても、もうちょっと上手くできるタイミングや方法があるのではないかしら? 今日のこの場で彼女が無理矢理、毒を盛ることにはリスクしかないように思えるけど…」

「そうだな…」

ディルムッドはふう、と息をつく。

「…まあ、現状、何か疑うべき証拠があるわけでもないが……。エレーネは私が何となく警戒をしておく。念のためだ。貴殿等は普通にしていて構わない」


↓次の話↓



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