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連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】  10話「雨のウキにて」(1)


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10話 「雨のウキにて」(1)


 それから数日、まだ完全に調子が戻らないミリアとエレーネを残し、ゴナンとリカルド、ナイフ、ディルムッドの3手に分かれて、水場周りを続けた。翌日以降もナイフのテリトリーで巨大鳥が飛翔する姿を何度か見かけたが、水場にいる場面は押さえられていない。そのうちに見かけなくなったかと思ったら、今度はディルムッドのエリアの上空でそれらしき姿を見たという。ルチカらしき機影は誰も見ていない。

(でも、確実に近づけている…)

少しずつではあるが、そんな実感を、リカルドは感じていた。

*   *   *

 「うーん…」

 泉のほとりに作ったピクニックゾーン、もとい、探索の拠点で、リカルドは地図を見ながら唸っていた。休憩がてら弓弦を引く練習をしていたゴナンは、そんなリカルドの様子に気付く。ちなみに、探索が始まっても、早朝のディルムッドとの「朝練」は欠かさず行っている。

「…どうしたの?」

「うん…、これまでナイフちゃんとディルが巨大鳥を見かけた場所を時系列でメモしてみているんだけど、ここから巨大鳥がどう周回しているのかを導き出せないかなと思ってね」

「へえ…」

 ゴナンは地図を覗き込む。しかし、ミリアの話だと、巨大鳥は同じ水場に何度か立ち寄ることもあったという。何か規則性はあるのだろうか?

「…でも…、明日は雨が降りそうだから、探索はお休みかな。巨大鳥も雨だと飛べないだろうし」

「ああ、ミリアもそう言ってたね…。雨の日はずっと雨宿りするって。…あれ? 雨、先生が予報してた?」

「ううん。なんか、そういう空気がする…」

「…」

 これも、北の村での暮らしで身に付けた感覚なのだろうか。リカルドはニコリと微笑む。

「ねえ、ゴナン。今のその感覚を、帰ったら先生に話してみて。先生はきっと、それがどういうことなのかの理由を分析して教えてくれるから。君の感じている『空気』の正体が分かるはずだよ」

「…うん…!」

 ゴナンは少し目を輝かせて、そしてまた弓の弦を引き始めた。なかなかの剛弓だと言っていたが、鍛錬の成果か随分引けるようになってきている。そういえば、ゴナンの雰囲気も全体的に少し端正さが出てきたような気もする。男子、3日会わざれば…、とはよく言うものだが、やはり成長期、成長著しい。

(…もう熱も出ないし、ご飯もしっかりバランス良くたくさん食べているし、鍛えれば鍛えるだけ身についているようだな…。それに、彼の感覚を『知識』に置き換えてくれる先生もいる。やっぱり、この街はゴナンにとても合っているようだ)

 リカルドは、また切なそうな笑顔でゴナンの様子を眺めていた。

*  *  *

 そして翌日。ゴナンの『予報』通り、朝から雨になった。雨粒は大きくはないが雨量はそこそこある、シトシトとザアザアの間くらいの降り方だ。

「今日は探索はお休みね。まあ、そろそろ休息日が必要そうだったから、ちょうど良かったかもね」

 どんよりした窓の外を見ながらナイフがそう呟く。まだ朝食前。ナイフは今日は屋内で鍛錬をしていた様子で、今から汗を流しに行くようだ。

「わたくし、今日から一緒に出ようと思っていたのに、残念だわ…」

「まだ休んだ方が良いっていう、天の采配だよ、きっと」

 ちょうど起きてきたリカルドが、廊下でミリアにニコリと微笑んだ。

「そうね。じゃあ、わたくし、朝ご飯を作っているエレーネのお手伝いを…」

「あっ僕が行くよ! 最近は先生とエレーネに任せっぱなしだったから。ね、ナイフちゃん」

「そうね! 今日は私たちの担当だわ! ミリアはゆっくりしていて! ね、台所からは遠いお部屋で、ゆっくり!」

「……」

 先日、痛い目に遭ったナイフは特に強い口調で迫る。首を傾げるミリア。と、やはり屋内で鍛錬していたらしいゴナンとディルムッドが、汗だくで屋敷の奥からやって来た。

「まあ、2人とも汗びっしょり。そうだわ、わたくしが2人の汗を拭いてあげるわ。さあ服を脱い…」

「…ミリア様! 貴女あなたがそのようなことをなさってはいけません!」

 とにかく、何か手伝いをしたくてたまらなそうなミリアを、ディルムッドがあわてて強く止めた。ナイフが脇でクスッと笑っている。




「あら、騎士様。お姫様のおいたわりを固辞するなんて、罰当たりではない?」

「ナイフ…!」

 からかい口調のナイフに、渋い顔をするディルムッド。その横でゴナンがミリアに声をかける。

「ミリア、ディルの言うとおりだよ。俺達、汗臭いから近づかない方がいいよ」

「…ふふっ。そういうことじゃないんだけどね」

 ナイフはさらに楽しそうに微笑んだ。ともあれ、ミリアは完全に復調したようだ。穏やかな雨の朝である。

*  *  *

 今日はゴナンは書斎に籠もりきりで本を読んでいる。そして、リカルドはその横でレポートをまとめるなどしつつも、そんなゴナンの様子を見守っていた。時折、ゴナンは本から目線を上げて、物思いにふけるような時間があるようだ。

(…エドワードくんのことを、気にしているのかな…)

 農家の長男だというエドワードは、農繁期の手伝いで遊びに来れないそうだし、ゴナンもずっと巨大鳥探しに出ていた。なかなか会えるタイミングがなさそうだ。

「…ゴナン…」

 リカルドは、ゴナンに話しかけてみる。

「…?」

「…ゴナン、その…」

 しかし、リカルドは何をどう言っていいのかわからない。

「…その、何か、悩みごととか、ない?」

「えっ? 大丈夫だよ」

「あ、そう…」

 リカルドにはこれが精一杯であった。「家族」のことが分からないのと同じくらい、少年期の「友達」がいる感覚がまったく分からないからだ。具体的に尋ねたからといって、リカルドには何も解決の術を伝えることはできない。

 と、ジョージが書斎に入ってきた。

「おお、氷っ子、ここにいたか。ちょっと知り合いから取り寄せた資料があるんだが…」

「資料?」

「ああ、シャールメールの大学にいる考古学の学者から…」

 と、ここでジョージがリカルドをじっと見て言葉を止め、ゴナンに依頼する。

「…ああ…、この話をする前に、ゴナン、ナイフちゃんを連れてきてくれないか?」

「…あ、はい…」

 ゴナンはいそいそと、厨房で夕食の仕込みをしていたナイフを呼んでくる。

「…よし、準備万端だな。考古学の学者に、例の遺跡の壁画と似たようなものがないか、あればその場所を尋ねていたんだ。その資料が届いた。お前さん達の滞在中に間に合うよう、早馬便で送ってくれたよ」

「ナイフちゃん、今日の晩ごはんは何だろう。僕も手伝おうか?」

「…」

 遺跡の話が出た途端、またリカルドが無意識ながら恐ろしく性急に話題を変える。ナイフは自分が呼ばれた理由を理解した。

「…そうね…。リカルドは、自分のこの異変がユーの呪いに関わっているかもしれないと思っているようだから、他にもあれば、大きなヒントになるかもね」

「…」

 ゴナンもゴクリと息を飲む。そして、席を立ち厨房へと手伝いに行こうとするリカルドの腕を引っ張って、また椅子に座らせた。

「リカルド…。もしかしたら、呪いを解けるかもしれないんだから…」

「…うん…。そうだね、ゴナン…。ああ、晩ごはんは、何だろう…」

 リカルドは、苦しそうな表情でそう口にする。意識が夕食へと向かうのを、必死に留めている。ナイフはその様子を見て嘆息した。

「…でも、肝心のリカルドがこの調子だし、私は遺跡なんか見ても何も分からないものね…。どうしたものかしら…」

「あの、エレーネさんにも呪いのことを打ち明けて、協力してもらえば良いじゃねえか」

 そう提案するジョージ。しかし、リカルドは表情を暗く落とす。

「…いえ、先生…。できれば、ユーの呪いのことはこれ以上、人には知られたくはありません…。特に、いつも一緒にいる人達には…」

 リカルドがピリッと、硬く厚い心の壁を張る。その頑なさに、ジョージは息をつき謝った。

「…そうかい。まあ、そうだな。すまない。…ただなあ…」

「…?」

「…今回も、仲間と一緒に来たからこそ、この遺跡への拒否感に気付くことができたんだろう? 知ってもらうということは、お前にとっては何かが変わるきっかけになるんじゃないのか?」

「…それは、そうかもしれませんが…。でも…」

 リカルドはぐっとうつむく。自分がユーの民だと分かった途端に豹変した人々のことを思い出していた。平静を装おうとしつつも、もしくは隠そうともせず、欲に満ちた目線を向けられ、「いつ死ぬのか」「早く死ね」「今ここで、死んでくれ」と無言の問いかけを受けた日々のことを。うつむくリカルドの瞳に、暗い澱みが浮かんだ。

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