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少女A伝

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短編小説集です。
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2017年11月の記事一覧

失恋は石鹸の香り

私の学校にやってきたその教育実習生が、学年中の男子の好意をひっ攫うまでに要したのは、ほんの数日のことだった。

「音楽の教育実習生、可愛いよな」
「あんな姉ちゃん欲しい」
「いや、彼女になって欲しいよ俺は」
「授業は下手だけどな」
野球部の賑やかな奴らはそう言って、いつもの如く意味もなく大声で笑う。その度に、彼らから湿った砂埃の臭いが漂ってくる。
彼らの発する野卑た空気が私は苦手だ。休み時間に

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私の背骨は控えめに言っても強靭

大学図書館に1,000円分のコピーカードを置いてきてしまったことに、研究室に戻ってから気がついた。
レストランのパトロンが良いワインをあけて、残りをソムリエに「飲んでいいよ」とお裾分けするみたいに、私も使いさしのコピーカードを置いてきたのだと思うことにする。多分違うけど。

「レストランの一番上座にどんな職種の人を案内するかで、そのレストランの方向性が決まるんだよ」
4年ほど前に私の恩師は、その日

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財は手放すに限る

幼い頃から物に対する執着心が強かったため、セール会場で散財をした経験が無い。
物に対する執着心が強いと、お買い物の時にどうなるかというと
「このお洋服素敵!一生着よう!」と一目惚れして値札も見ずにそのまま購入し、季節が巡るたびに、またそのお洋服を着られる幸福感に酔いしれることになる。
問題は、そんな一生もののお洋服を私はそれはもう大量に持っているということ。このままだと大好きなお洋服に埋もれて窒息

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美しい彼女

朝、教室の扉を開けると、髪をばっさりと短くした麻子が教壇の前の席に座っているのが目に入った。
思いつめやすい彼女のことだ。
大方、能天気な恋人の何気ない言動に傷つき、その突破口を求めて断髪という結論に至ったのだろう。
彼女の角ばった背中を眺めていると、世界のどんな汚れに対しても交わらないというような覚悟が透けてみえる。襟足の下に続く制服の襟は、彼女の母親の手によって綺麗に糊付けされていた。

麻子

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