財は手放すに限る

幼い頃から物に対する執着心が強かったため、セール会場で散財をした経験が無い。
物に対する執着心が強いと、お買い物の時にどうなるかというと
「このお洋服素敵!一生着よう!」と一目惚れして値札も見ずにそのまま購入し、季節が巡るたびに、またそのお洋服を着られる幸福感に酔いしれることになる。
問題は、そんな一生もののお洋服を私はそれはもう大量に持っているということ。このままだと大好きなお洋服に埋もれて窒息して一生を終えかねない。それもまた一興。

幸いにも私のご先祖は私のために素晴らしいお洋服や毛皮、宝石類をたくさん残してくれたので、私は自分の懐に空っ風を通すことなく華やかな格好を享受することができる。
私が買うべきものは、私の纏う空気を彩る香水と、足の形に誂えたハイヒールと、親密な男性だけが覗くことのできる服の下に添えるレースのランジェリーくらいのものだ。
私の肌は水蜜桃のように艶やかで指に吸い付くし、私の黒髪は触れると白砂のようにさらさらと音を立てて指先から滑り落ちる。
幼少の砌、見知らぬ女子高生に呼び止められたほどに美しい私の眉は、墨を足さずとも鮮やかに私の表情を縁取るし、みかんの一房のような形の唇は、紅を足さずとも愛を伝えるには十分に赤く、熟れて滴り落ちる寸前のリンゴのように柔らかい。
美容雑誌の「コンプレックス克服」特集なんて一度たりとも参考にしたことがない。
これほどまでに素晴らしい造形を私に与えてくれてありがとう、ご先祖。

思春期特有のニキビや肥満に悩まされることもなく、恋愛の悩みからも解放されて(私はそれはもう大変にもてたから)足るを知っていた私は、そんなわけで女子高生が陥りがちな、少女の魅力を台無しにするような化粧を施すことも、制服を着崩して行う一辺倒なつまらない自己表現を行うこともせずに大学生になった。

高校の頃の同級生と大学の帰りに会ったときに言われた言葉が、今でも忘れられない。
「あなた、大学に入ったらなんだか普通になってしまった」
彼女は、高校の時にひとりで上京して一人暮らしをしていた子だった。慣れない自炊でニキビに悩まされ、南国育ちの健康的な肌は居心地悪そうに紺色のブレザーに包まれていた。
久し振りに会った彼女は、自分の癖っ毛を生かしたショートヘアにしていて、その小さな頭を引き立たせるようなコンパクトなシルエットのコクーンコートを自然に羽織っていた。
一方で私は、高校時代から着続けている祖母の誂えてくれたコートに、高校一年生の頃に手に入れた(一生ものの)ワンピースを合わせていた。髪の毛はいつものようにポニーテール。それが似合っているかどうかなんて考えたこともない。私はいつも大抵褒められるのだ。かわいい、美人だ、と。
「高校時代のあなたは本当に、美しかったのよ。私たちが自分を持て余して四苦八苦しているにも関わらずあなたは高みで風に吹かれていた。今のあなたはなんだか可愛いのだけど、惹きつけられるかというと別ね」
うすうす感じていたことだったし、気心の知れた友人がそれを指摘してくれたことは、とても嬉しかった。
人は、褒める時は饒舌になるが、損なわれたものを指摘するほど親切でない。
「私も悩んでるの。どうすればいいのかしら」
「なんでも持っていることも時には悩みになりえるのね」
自分で考えることね、彼女はそう言ってジントニックをすすった。

私の長所は何だろう。
私の魅力は何だろう。
その時に感じた疑問は、留学生活の中で埋もれていってしまうのだけど、帰国して研究者として新しいフィールドに飛び込むと、久し振りにその頭角を覗かせた。

端的にいえば私は、お行儀が良くて、愛嬌のある女性でいることに飽きてきたのである。
私はこれでも周りの目を気にせずに好きな格好をしていたつもりだったけれど、その格好は自分で規定した枠の範囲でしかなかった。
「私こんな格好も似合うのよ」「私化粧薄くても髪染めなくてもこれほどに美しいのよ」「この桜貝のような爪、染めるなんてもったいない」
私は自分の持っている武器に固執しすぎるあまり、自分の枠を広げていくことを怠っていた。
自分の好きなもので堅固な城壁を築いても、それがいくら立派であっても、それは私の求めた姿なのだろうか。

髪の毛をばっさりと切った当日、家に帰る前に元町商店街の宝飾店に寄った。
「ショートヘアにしたから、ピアスが欲しくて」
私の予算と希望に合わせた石がいくつか並べられる。
迷った末に私が選んだのは18金のフープピアス。かつて祖母から譲り受けた宝石箱に入っていたものよりも少しばかり小さい。
「小さいかしら」
私の呟きに、店主は
「ここに、石を付け替えることも出来るから、色々な表情が楽しめていいと思う」と答えた。
お金が貯まったら、石を宝石箱に足していく。それはとても素敵な考えに思えた。

祖母の宝石箱に、自分で手に入れた宝石が足されていく。それはもしかしたら遠い未来に誰かに引き継がれていくかもしれない。
私は受け継ぐだけでなく、そこに新しく自分を足して伝えていけるのだ。

#エッセイ
#日記
#美
#短編小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?