見出し画像

動くおもちゃ

私が通った小学校では、年に一度、図工の時間に必ず
『動くおもちゃ』を工作する。
私は、この『動くおもちゃ』を作るのが嫌いだった。
なぜなら私が作った『動くおもちゃ』は、一度も動いたことが無いからだ。
クラスの全員の『動くおもちゃ』が動いても、私のだけは動かない。
一年生の時も、二年生のときも、それからもずっとだ。


昨年、五年生の時の『動くおもちゃ』は、観覧車作りだった。
クラスメイト全員の観覧車は、クルクルとまわった。
動物の絵や怪獣の絵など、思い思い描いた観覧車がクルクルと動いていた。しかし私が作る観覧車は、どうやっても動いてくれない。
一人残され試行錯誤するも、ついに動くことはなかった。
「なんで六車のだけ動かへんのかなぁ。」
そう言いながら、先生が首を傾げたのを今でも覚えている。


そして今年も、『動くおもちゃ』を作る時がやってきた。
私にとっては、小学校生活最後の『動くおもちゃ』だ。
最後こそ、最後こそ、花を咲かせようではないか!


六年生のテーマは、ゼンマイで動くおもちゃ。仕掛けは簡単である。
当時はデジカメなど無かったので、
どこの家庭にもフイルムケースがあった。
そのフイルムケースの蓋を閉め、蓋と底に穴を空け、輪ゴムを通す。
これを木枠の内側に取り付け、クルクルとフイルムケースをまわすと
輪ゴムがネジれ、手を離すとあら不思議!輪ゴムが元に戻る動力で、
木枠はゆっくり動き出すという仕組みだ。

木枠には、それぞれ自由に装飾ができる。
動物でも、魚でも、何でも良い。
画用紙を切って貼り付ければ、それが動くのだ。楽しそう!


私は張り切った。終わり良ければ全て良し!さぁ、何を作ろうか?
あれこれ考えた結果、蒸気機関車を作ることにした。
時間にゆとりがあれば、小さな蒸気機関車を作って、連結させてみよう!
親子の蒸気機関車が動いている姿を想像すると、胸がワクワクした。


まずは、動力となるゼンマイ作りだ。
フィルムケースに輪ゴムを通し、あっという間に肝となる部分は完成した。
次は木枠作り。私はフイルムの長さを測り、輪ゴムのスペースも考えて、
木枠を作った。
フィルムケースが5センチほど、その両端に輪ゴムをつけるので
プラス3センチずつくらい。余裕を持たせて12センチほどで木を切った。
蒸気機関車の土台となるだけに、ここで間違ってはいけない。
木枠はあっという間に完成した。
あとはフイルムケースを取り付けるだけだ。
これはいとも簡単に取り付けられた。


「なんや。今年は簡単やん。」
私は鼻歌まじりで画用紙を切り、色紙を貼って、
蒸気機関車のボディを作った。
それはそれは女の子らしい、可愛い蒸気機関車が完成した。

やったぞ!6年間の歴史の中で、ようやく今日、
私の『動くおもちゃ』は文字通り、動くことができるのだ!
私はドキドキしながらフイルムケースをまわした。輪ゴムがネジれてゆく。しっかり巻いてから手を離せば、蒸気機関車はゆっくり前に進むはずだ。
私はフィルムケースから手を離さないように気をつけながら、
ゆっくり机に置いてみた。そして、そっと手を離す。

さぁ!感動すべき、おもちゃが動き出す瞬間だ。
みんな、私の蒸気機関車を見てーっ!
ついに!私の蒸気機関車は、ゆっくりゆっくりと動き始めた。


前ではなく、横に。


え!?!
何コレ?


私の蒸気機関車は、どういうわけか、
カニのように横歩きをしているではないか!


どうしてだ?
何が起きた?


おぉ。。。
私は木枠を作るときに、縦と横を間違えてしまったのだ。
あれほど細心の注意を払ったにもかかわらず、私としたことが!
この世は、なんと無慈悲なのだろう。


仕方がない。作り直さなくてはいけない。
しかし配布された材料には限りがあり、
今更木枠から大きく作り直すことは不可能だ。


私にできる選択肢としては、

その1、蒸気機関車をカニに貼り替える。
その2、フイルムケースを半分に切って、
蒸気機関車が前に動くようにする。

この二つしかなかった。


しかし蒸気機関車のボディは、私が精魂込めて作った力作だ。
カッコイイ黒に、水色やピンクをあしらった、
私の渾身のデザインが施されている。
これをカニに変えるなんて、絶対にできない!


仕方なく、私は動力の部分を直すことにした。
フイルムケースを半分に切らなければ、蒸気機関車の横幅には
入り切らない。
正式には、輪ゴムのスペースもいるため、半分以下の大きさだ。
しかしプラスチックをどうやって切れば良いのだ?


私は自宅に持ち帰り、父に相談した。
「えぇっ?こんな小さいのを、半分にするの?無理やで。」
「半分にせな、動くおもちゃが動かへんねん!お願いやし、切って!」
「うーん。火で炙って溶かすのも無理やしなぁ。鋸で切ってみるか。」
娘に懇願された父は、小さなフイルムケースを必死に切り始めた。
もはや小学校六年生の図工ではない。

家族が息を飲んで見守る中、
「できたーっ!」
ようやくフイルムケースが1/3の長さになった。父の努力の結晶である。
「さて、これで蓋が閉まらんかったらやり直しやで。」
父はそう言いながらゆっくりと蓋を閉める。
閉まった!なんとか閉まってくれた!家族から大歓声が沸き起こった。


翌日、私は父に助けてもらったフイルムケースを手に学校へ行き、
蒸気機関車の木枠につけてみた。
狭い。もともとの幅が5センチも無いほどのところに
約3センチのフイルムケースと両端の輪ゴムを入れようとしているので、
至難の業である。
それでも何とか頑張って、無理矢理取り付ける事ができた。
もはや意地と執念だ。


よし。ネジを巻いてみよう。
私は恐る恐るフイルムケースを巻き始めた。

くるくるくるぐるぐるぎゅう、、、。

狭い幅に無理矢理付けられた輪ゴムが、ギュウギュウになりながら、
ネジられていく。苦労しながらも、何とか巻けた。
よっしゃ。行けるぞ!
これで手を離せば、今度こそ蒸気機関車は前に進むはずだ。
失敗だらけだった私の『動くおもちゃ』史に、
新たな歴史が塗り替えられる!
私はネジを回し切ったフイルムケースをしっかりとおさえながら机に置き、ゆっくりと手を離した。
その瞬間、


「ぶるるるるんっ!!!」


蒸気機関車は、その場で大きくジャンプをした。
そして、そのまま静かになった。


・・・なんだ?今のは。


なぜ、前に進まないのか。


そうか。狭い所でギュウギュウに巻かれてしまった輪ゴムが、
手を離した瞬間、一気に戻ってしまったのだ。
その勢いで蒸気機関車は大ジャンプをしたのである。

「あっちゃあ〜。もうどうしようもないな。はい。六車の『動くおもちゃ』は、これで完成。」
蒸気機関車の前で呆然とする私をよそに、
先生はあっさりと打ち切りを発表した。


小学校生活最後の『動くおもちゃ』。
私が全身全霊をかけた最後の挑戦は、
動くわけでもなく、
動かないわけでもなく、
その場で大ジャンプするという奇想天外な結末で、
幕を下ろすこととなった。


皆さん、肝に命じておくといい。
努力というのは、必ずしも報われるとは限らないんだぞ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?