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「ごんぎつね」を忘れない

 子どもの頃、勝手に人のことを決めつけて叱る大人が嫌いだった。そんなつもりない、って子どもの立場では言えない関係性を作っておいて、頭ごなしに叱る。とんでもない話。

 しかし大人になってみて、その大人の事情もわかる様になってしまった。大人としての責任を背負い過ぎている時こそ、その状況に陥りがちだ。大人を背負い過ぎている人は、子どもからバカにされないか、なめられないか。いつもドキドキしてる。そして、少しでもバカにされた様に感じると怒り狂う。また、それを予防しようと躍起になっている。
 私もそんな時があったかも知れない。怒り狂うというより私は悲しくなってしまっていたけれど。でもいずれにしても今思い返したら、子どもが大人をバカにするために何かをする、と考えること自体がナンセンス。子どもだって暇そうに見えて、そんなに暇じゃない。もしバカにした様に見えたとしたら、そこには何か彼ら自身にとって生きるのに必要な理由や目的があるはずだ。大人がすべきことは闇雲に重いものを背負うのではなく、そうやって子どもの目的や理由を考えることなのかも知れない。いや、そうだろう。
怒りからは何も生まれないどころか、百害あって一利なし。一見押さえつけて丸くおさまっている様に感じるかも知れないが、子どもたちとの間に安心感も信頼感もない関係が出来上がる。

 「何も理由を聞かれずに、ただ叱られた。そのくせ自分は謝らない」とは子どもたちから何度も聞かされたフレーズだ。ある時は学校の先生、ある時は親。こうして子どもたちの話をただ聞くだけの私は、子どもたちを通して大人の理不尽さを再び味わうことになる。

 そんな私も毎日子どもたちの前に立って授業をしている。その中で時々自分の心が乱れることがあった。「あの子、またやってる」そう、思い込みだ。

また遅刻した。また友達とふざけている。また集中せずに何か手遊びしている。意味もなく立ち歩いてる。

 パッと見でネガティブな気持ちがよぎった時、私はすぐにそんな自分の気持ちをかき消す。そうしないと思い込みで子どもたちに当たってしまう。
 その代わりに近くに行って「大丈夫だった?」と優しく尋ねることにしている。すると多くの場合、友達を手伝おうとしていた、落ちたものを拾ってあげた、私の話の大事だと思うことをメモしていた、ゴミを捨てに行くだけ、トイレに行きたかった…等々叱るに値しない子どもたちの理由が見えてくる。
 小学校勤務の時には、担当したクラスの担任の先生から後になって「あの子、いつもウトウトしてるけど、薬の副作用なんで大目に見てくださって良かったです」なんて言われる。「あぁ、闇雲に注意しなくて良かった」心底思う。こうして私は、見た目だけで判断することの危うさを身をもって体験した。

 大人を背負い過ぎていたら、私だって「私の授業中に話すなんて!」「遅刻するなんて、バカにされている」「居眠りは許さない」なんて思うのかも知れない。でも、それがわかるからこそ私は意識して一旦立ち止まる。私も含めて一人一人が自分を生きている。その人にしかわからない事情を抱えて生きているのだ。誰しも自分の目から見えるものだけ、自分の思考の範囲だけの思い込みを一旦追い払って、声を聞く必要があるのだ。

 最初の方は、自分の中の思い込みと戦っていた。とても悲しかった。ごんぎつねの最後を思い出していた。私はこの子を思い込みで撃ってしまうところだった。取り返しがつかないことを自分のただの思い込みでしてしまうところだった。ヒヤッとした。何度も何度も。
 実際キツく叱ってしまったこともある。問い詰めたこともある。その時の子どもたちの悲しそうな顔が忘れられない。ありがたいことに、毎日毎週顔を合わせる子どもたちとの間には幾度かチャンスが与えられた。私はこれ以上ないくらい自分の過ちを認めて謝った。もしここで私が謝ることから逃げたら、子どもたちを本当に撃ってしまうことになる。それだけは避けなければいけない。その一心だった。
 歯痒い間違い、申し訳ない気持ち、与えられるチャンス、そして許してくれる子どもたちのお陰で、私は思い込みを自分から切り離した。遅刻した生徒には「おぉ、来たね。会えてよかったよ。嬉しい」ウトウトしている生徒には「よー頑張っとるね。具合が悪い時は声かけりよ」と声をかける。それが淀みなく出てくる。子どもたちとの関係の中で、それが私のスタンダードになった。

 授業中ウトウトしていた生徒が休み時間に話しかけてくる。意外と授業の内容を覚えていたりする。人間関係を温めて、交流する中で生まれる学びもある。学びに前向きになれるきっかけが生まれる可能性だってある。
 
 毎日多くの学習者と向き合う中で、私はいつも心の中で「ごんぎつね」を思い出す。決して自分の思い込みに流されない様に。自分も弱い人間だと分かっているからこそ、何度も何度も思い出す。
 


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