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幸せになるな、というメッセージ

楽しむことに制限が掛かっている人は思いのほか多いのです。

過度な恐妻家なども、楽しむことに罪悪感を持っている場合が大半の様に思います。

妻に、かつて自分を制限することで縛りつけた、親の面影を投影しています。

同僚と飲みに行ったり、ゴルフに行っても、「好きな事ばっかりやってるとカミさんからおこられちゃうからな〜」などと冗談半分、本気半分のことを口走ってしまいます。

心の片隅にも、楽しむことへの罪悪感が微塵も無かったら、そんなことは頭を過ぎらないし、思いもつかないし、口にしません。

確かに、日本人は母子の在り方が、共依存的な方向に傾いている様に思います。

軽く、楽しむことへの制限が掛かり、
少し、楽しむことへの罪悪感を持っている状態が、平均的なのかも知れません。

遠慮して「軽く」と言いましたが、楽しむことへの罪悪感を持つ文化は、実は日本人の幸福度を下げる大きな要因だと思っています。

国別の幸福度ランキングの精度は脇に置くとしても、日本の定位置は50位近辺と先進諸外国と比べると例年低いです。

自ら人生に終止符を打つ選択をする人が、大変多いお国柄であることを鑑みても、

幸せだ、と感じている人が少ないのは間違い無い様です。

飲みの席やゴルフコンペで冗談の体で口にする、楽しむことへの制限や罪悪感は、実は軽く扱って構わない事では無く、

根は深く、幸せを阻害する根本原因からのほとばしり、なのでは無いか、と疑ってます。


冒頭、かつて制限することで自分を縛りつけた親を、妻に投影している、と言いました。

そうなる心理的な経緯に触れさせて頂きます。

親はかつて過酷な幼少期を過ごし、心に重大な無価値感を抱えていました。

親はその、重大な無価値感から目を逸らす事に必死で、子供を尊重することも、肯定的に受け容れることも出来ません。
余裕が無いのです。

結果、子供を自分の従属物と見做し、無価値感から目を逸らす為の道具にします。

子供を貶め、相対的に自分の価値が上がった様に錯覚することの、中毒になります。

加えて自分が苦しく、幸せでは無い幼少期を過ごした為、
子供が楽しそうにしている事が許せません。

子供の屈託の無い笑顔に苛立ち、怒りをぶつけます。

簡単に言うと、楽しむ我が子に、自分だけ楽しんでズルい、と感じます。

勿論、これらは親の意識の下で起きることで、
意識の上では、もっともらしい理屈をまとっています。
躾とか、道徳とか、べき論とか、とにかく、もっともらしい理屈で、子供が楽しむことを邪魔します。

もっともらしい理屈は、自分だけズルい、という極めて子供じみた感情を隠す偽装なので、平たく言うと、

子供が楽しむことに難癖をつけている、ということです。


子供は生まれた時から、親から難癖をつけられ、楽しむことを制限されて生きる為、楽しむことに、親に背く様な罪悪感を持つに至ることは解りやすいと思います。

いつも責められ、いつも縛られ、いつも傷つけられると、子供は自分に安心感を持つことが出来ません。

いつも否定されると、親に背いてばかり、と思い込み、自分が嫌いになります。

幼少期に自分を嫌うと、本来、心の真ん中に座る筈の【自分】が育ちません。

【自分】が不在の心の真ん中の空きスペースに、自分を裁く親、が居座ります。

心の真ん中を占拠し、子供を責め、縛り、裁きます。

この様に心に他者が居座る状態を【内在化】と言います。


親を【内在化】した子供は、友達と居ても、恋人と居ても、誰と一緒に居ても、【内在化】した親から裁かれます。

【内在化】が起きると、親に背く自分に罪悪感を抱きます。

心の真ん中に親が居座っているのに、同じ自分の心の中に、親に背いて楽しむ自分が居る、という自己矛盾が起こります。

二つに裂けるのです。

裂けることは苦しいので、裁く親か、楽しむ自分のどちらかを外に出さなくては、ならなくなります。

その時に【投影】が起こります。

心の中の真ん中に居座って裁き続ける親を、妻に【投影】し、
妻が怒る、と思い込むことで自己矛盾を解消します。
心が裂ける痛みを回避するのです。

それが、飲みの席やゴルフコンペで口をついて出るジョークの正体です。


因みに、飲みの席の恐妻家ジョークは、【内在化】した裁く親の感情を、妻に【投影】することで自己矛盾を解消する場合、ですが、

【内在化】した親の感情を自分の感情として残し、湧き上がって来た自分の認め難い感情を他者に【投影】する場合もあります。

例えば、【内在化】した親の「はしゃぐな」という楽しむことに対して制限を掛ける感情を自分の感情として残し、
自分の心の中に有る「はしゃぎたい」「楽しみたい」という、
認め難い自分の感情を子供に【投影】して、

大してはしゃいでもいない子供に、「はしゃぐなって言ったでしょ!」と叱り飛ばす様なことになります。

【投影】は、【内在化】した親の感情を投影する場合と、
自分の認め難い感情を他者に【投影】する場合があります。

つまり、【投影】は自分の中に、裁く人と裁かれる人が同時に居ると、心が裂けてしまうので、どちらか片方を自分の感情として残し、

もう片方を他者の感情として外に出すことで、自己矛盾によって引き裂かれる心を守る為に起こります。


自分に制限を掛ける呪いは、何でも無い日常のシーンに何食わぬ顔で現れます。

何食わぬ顔をしていても、生きづらさの大きな要因だったりするのです。

何故なら、感情に制限を掛ける呪いは、

幸せになるな!というメッセージだから、です。


読んで頂いてありがとうございます。
感謝致します。


伴走者ノゾム

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