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第12話 北野の夢

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2010年2月

10時。
深夜のホテルバイトから帰宅した。
今日は雨。雨合羽での自転車はいつもの倍疲れるからあまり好きじゃない。

ワイフが作ってくれた晩ご飯のような朝ご飯を食べ、2階の仕事部屋に上がった。パソコンを立ち上げながら、トミーフラナガンのエクリプソをCDトレイにセットする。

1曲目のオレオを聴きながら苦味のある珈琲を一杯。
ようやく落ち着いた気分だ。

まずは昨夜遅くに通販サイトに注文が入っていた天然石ラピスラズリのブレスレットの受注処理をする。
先月、血気盛んに通販サイトを作ったものの世の中そう甘いものではなかった。通販事業は僕が思い描いていた商売にいきつくまではまだまだ遠い道のりのように思えた。今はただ時折くる注文に誠実に対応をしていくだけだった。

その後、料亭いちよしのホームページの献立の画像を入れ替えたり、その他の細々した更新作業をしていた。

そんな時だった。
ビートルズの「Do You Want To Know A Secret」が部屋中に響く。僕のスマホの着信音だ。

スマホの画面を見ると、神戸のフレンチレストラン「ロフォンデ」の石田支配人からだ。

「おはようございます!中道です!」

「ロフォンデの石田です。中道さん、先日はありがとう!その件で来週お話できればと思うんだけど」

"その件"とは、ロフォンデのレストランウェディングのプロデュースの事。
ブライトリングの岩崎社長が間に入って僕と石田支配人を繋げてくれたんだ。

2010年2月10日

11時。
石田支配人との約束は13時だったけど少し早く神戸に来た。

もともと北野は大好きな街。いずれ北野に事務所を持ちたいと思っていたから、今回の一連のお話は僕にとってはすごく嬉しかったんだ。

今日早めに来た理由は、事務所になりそうな物件を探すため。とは言っても、今の僕に神戸で事務所をだせる余裕なんてある訳もないので、ただ見るだけなんだけど。

メインの北野坂や北野通りからちょっと奥に入った路地の先など色々見て回った。

(へぇ、結構空き物件あるんだな。)

コンクリートの外観に蔦が絡まり、3段から5段ほどの小上がりの階段を上がるとアンティークな扉がある。扉のガラスには「空き物件」と書かれた紙。

まさに僕がイメージしてる北野らしい物件だ。

(わぁ、いいなぁ。こんな物件空いてるんだ)

ここで働いてる自分をイメージする。

(ワゴンRではダメだな。やっぱBMWじゃなきゃ!)

(この部屋の中央には、天板は天然の一枚板で脚はアイアン系の大きなテーブルをドーンと置こう。その横に観葉植物置いて・・・)

想像は止まらない。
北野で事務所を構える事に夢がどんどん溢れてくる。

何枚写真を撮っただろう。
僕は萌黄の館の前にある白いベンチに座り一眼レフの液晶モニターでさっき撮った写真を見た。どれも素敵だなぁ。

ベンチの背に首をのせ空を眺めると、2月らしい澄んだ青い空が広がっていた。

(今はまだ借金まみれで次の道すら見えていないけど、いつの日かこの地で仕事ができればいいな。)

大きな青い空に夢を描きながら、ワイフがにぎってくれたおにぎりをほおばった。美味い。

13時。
ロフォンデに入った。重厚な絨毯が敷き詰められたクラシックな高級レストランだ。姫路でお世話になってるグランメゾン姫路さんと少し似た空気感かもしれない。

あそこが高砂で、あのあたりが新郎家の親族席。あっちが友人かな・・・。

会場内を感覚的に把握していると、結婚式当日のイメージが湧いてきて一気に楽しくなる。

「古いレストランだから、中道さんには面白くないんじゃない?」
そう微笑みながら石田支配人が席についた。

「いえいえ、僕からしたら"ザ・北野"というレストランだから夢があふれてきますよ!」

今日の話は、料理代、会場費などの費用面と、会場の使い方、僕とラフォンデの立ち位置、業務の割り振りなど細部にいたる難しい内容の打合せだ。でも30分もかからず全て終わった。

僕も石田支配人もプロなので、お互いの目指す形が確認できれば何の問題もなかった。

あとは2時間ほど雑談をして、僕はラフォンデをあとにした。

せっかくなのでブライトリングのオフィスに顔をだしたけど岩崎社長は不在。従業員の人にお願いして最上階のチャペルランブルームをもう一度見せていただいた。

ランブルームで式を挙げロフォンデで披露宴という形を頭に描きながら、北野坂を駅へと向かった。

18時。
姫路に戻ってきた僕は駅前のホテルのティーラウンジに向かった。
昨夜、リングショップ「フラネリー」の店長、相葉千夏から連絡がありちょっと会う事にしたんだ。

ソファー席に彼女の姿があった。

「中道さーん!会いたかったです!」

「ありがとう。電話くれて」

相葉店長と会うのは久しぶりな気がした。
僕が座るやいなや、彼女はトーン高くしゃべりだした。

「私、いまだに中道さんがオードリーウェディングにいない事が信じられなくて。まだピンときてないんです。この間パレスホテルのプランナーの安藤さんがフラネリーに来られてたんですけど、安藤さんも、中道さんがいないなんて想像できない!って言ってましたよ。中道さんはいつも忙しく元気に飛び回ってる人だからその内また何かバーンと登場するんじゃない?なんて2人で話してたんです」

「そうかぁ。そんな風に皆が言ってくれるのは本当に嬉しいね。でもね、オードリーウェディングは僕の人生の全てだっから・・・、それがなくなったら何かぽかーんと穴があいちゃって」

「わかります!中道さん=オードリーウェディングでしたから。私にできる事あったら言ってください。中道さんには本当にお世話になったので」

「ありがとう。その言葉だけで十分」

「神戸行かれてるのは新しい事業なんですか?」

「いや、まだなんにも決まってないよ。ただちょっとご縁があってね。ひょっとしたら神戸でブライダルを始めるかもしれないと言うくらい。でも、もしそうなったらうちの従業員になってよ。相葉さんには店長としてプランナーのまとめ役がいいかな。営業にはしいちゃんを雇おうか(笑) 何かいい会社になりそうじゃない?」

「アハハ!それ最高ですね」

"しいちゃん"とは、姫路で2つの式場を運営してるベネリのプランナー椎名凛子の愛称。

相葉店長としいちゃんはどちらも30歳くらいで仕事バリバリの女性。僕がオードリーウェディングを経営してた時にこの業界で最も気が合ってた2人だ。

だから、もしこの3人で会社をしたら・・・なんて想像するだけで楽しい事なんだ。

相葉店長と別れた僕は、魚町のプチウェディングの事務所に顔をだしプランナーの山下さんと打合せをして、そのままアルバイト先の姫路マンハッタンホテルへ向かった。

翌朝、深夜バイトが終わり久しぶりに電車で帰路についた。(昨日は電車で神戸に行き、そのままアルバイトに入ったので)

網干駅に着くと、ワイフが車で待っていた。

「おかえり〜。お疲れさん」

「ただいま。やっぱ電車は楽やな」

「じゃまた電車通勤に戻せば?」

「いや。人生の戒めで自転車通勤にしてるんやから、楽したらあかんねん」

帰宅して晩ご飯のような朝ご飯を食べてたら、ワイフが資料のようなものが入った段ボール箱をだしてきた。

「昨日部屋整理してたら、奥からこの箱でてきたよ。捨てていいのかどうかわからなかったから。ちょっと見といて」

ワイフにそう言われて段ボール箱の中を見ると、オードリーウェディング関連のものが入っていた。
その中には、僕が百貨店を辞めてからオードリーウェディング立ち上げの頃に書いていた日記があった。

ページをめくった瞬間に当時の僕の熱い熱いベンチャー魂がムンムンと漂ってくる日記帳。それは今の僕が読むにはあまりに痛々しいもののように思えた。

でも僕は、その日記帳を持って2階の仕事部屋にあがった。

読んでみようと思った。

あの頃の自分と対峙してみよう、と。


第13話につづく・・・




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