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凪のショートショート

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ショートショートの定義は様々あるようですが、ここには自作の短編小説のうち2,000字以内のものを収録します。短時間で読みたい時などに。
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#短編小説

【短編小説】魂売り

【短編小説】魂売り

「はいはーい、魂、魂はいらんかねー」
 今日も魂売りがやって来た。
 ここ天国では、定期的に魂の売買が行われる。
 魂は言わば現世への切符のようなものだ。
 魂を購入して現世に行き、そこで受けた生を全うした者は、基本的には天国に送り返される。
 天国の住人は、ちょっとしたアトラクション感覚で現世に行くのである。
 天国での記憶は現世に持って行けないが、現世の記憶は天国に持ち帰れる。
 天国ではもっ

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【短編小説】こたつ記事

【短編小説】こたつ記事

 こたつ-きじ【炬燵記事】
 独自の調査や取材を行わず、テレビ番組やSNS上の情報のみなどで構成される記事。
 主に、閲覧者数を増やす目的で作成されるインターネット上の記事についていう。自宅で、こたつに入ったままでも作成できるということからの名。

「へぇー、こんな言葉があるんだ」
「え、なになに?」
「ほらこれ。『こたつ記事』だって」
「ふーん……そう言えば最近この手の記事多いよな。話題のツイー

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【短編小説】塔に棲む少女

【短編小説】塔に棲む少女

 この世界のどこかに、大きな大きな塔があるといいます。
 いったいいつ、誰の手で、何のために作られたのかも分からない古い塔です。
 満月が出る晴天の夜にだけ姿を現すという不思議な塔。
 そこは呪われているとか、悪魔が棲んでいるとか噂されていました。
 人々は口を揃えて「決して人が立ち入ってはならない場所だ」と言うのでした。

 とある小さな村に住む少年は、幼い頃から外の世界への憧れを抱き続け、やが

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【短編小説】豚の貯金箱

【短編小説】豚の貯金箱

 ぼくのへやにはぶたのちょ金ばこがあります。
 おかねを入れると「ちゃりん」という音がします。
 ぼくはお金をためて、うちゅうりょこうに行くのがゆめです。
 少しずつ、おこづかいをちょ金しています。

 ある日、クラスのとなりのせきのミカちゃんとけんかをしました。
 今までぼくといっしょにあそんでいたのに、さいきんはほかの男子といっしょにあそぶようになったのが、なんだかむかついたからです。
 ぼく

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【短編小説】雪の旅

【短編小説】雪の旅

 ぼくは高い高い空の上の雲の中で生まれた。
 小さな小さな水の粒として。
 ふわふわと漂い色んな場所を旅しながら、地上の様子を眺めて過ごした。
 やがてぼくには夢ができた。
 雪になってあの地上に降り立つんだ。

 たくさんの仲間たちと日々の研鑽に励んだ。
 雪になるのは大変だ。
 油断すると雪になる前に雨として落ちていってしまう。
 実際、仲間たちの多くは雨になり雲を去っていった。
 雪になるこ

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【短編小説】豆太郎とのお散歩

【短編小説】豆太郎とのお散歩

 我が家は両親と私、そして豆太郎の四人家族。
 豆太郎は七歳のコーギー犬だ。
 私が小学六年生の時の誕生日プレゼントにどうしても犬が欲しいと両親にねだり、お世話は全部自分ですることを条件に家族として迎え入れることになった。
 茶色と白の毛並み、クリクリした目、短い足でとてとて歩く姿が愛らしい。

 豆太郎が家族になってから、約束どおりお世話は基本的に私が担当した。
 水と餌の用意、トイレの掃除、ブ

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デジタル世代の躍進【毎週ショートショートnote】

デジタル世代の躍進【毎週ショートショートnote】

「同期で仲が良かったお前もいつの間にか係長か」
「コツコツ身を削りながらここまで努力した甲斐があったってもんだよ」
「まあ、そりゃ見れば分かるけど……そのペースで頑張り続けたら身が持たねぇぞ?」
「仕方ねぇさ。これが俺のやり方だし存在意義でもある。このままやり切るさ」
「ま、どうせアナログ世代の俺達は、自分に与えられた役割をただ実直に全うするしかないもんな。俺もひたすら真っ直ぐ頑張るか」
「そうだ

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【短編小説】あるペーパードライバーの受難

【短編小説】あるペーパードライバーの受難

 ハンドルを握る俺の手にはじんわりと汗が滲んでいた。
 心臓がドキドキと音を立てているのが自分でも分かる。
 どうしてこんなことになった?
 自省してみても、特に思い当たる節はない。
 俺はただ普通に車を運転していただけだ。
 早すぎず遅すぎずの速度で走り、決して無理な割り込みなどせず、ウインカーは早目に出した。
 何も悪いことはしていない。と思いたい。
 なのに今、後ろの車からパッシングを何度も

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【短編小説】紙のタイムカプセル

【短編小説】紙のタイムカプセル

 年末の大掃除をしていたら、本棚の中から古めかしい手帳が出てきた。
 二十年近く前の手帳。私が大学生の時のものだ。

 ところどころ紙がくしゃくしゃになっている。昔持ち歩いてた時に鞄の中で折れてしまったのだろう。
 それらを丁寧に手で伸ばしながら、ゆっくりとページをめくってみる。

 細かい文字で大学の講義スケジュールやバイトの日程などが書き込まれている。
 講義の名前を見ても、今となってはどんな

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【短編小説】無為な暮らしのある日の夕方

【短編小説】無為な暮らしのある日の夕方

 太陽が大きく西へ傾き、空が赤く燃えていた。
 冬の気配がまだ残る3月のある日。時刻は夕方5時を回ったところだった。
 街がオレンジ色に染まり、夜が近づいてくるのを感じることができるこの時間が好きだ。
 雑踏が心なしか足早になったように感じる。皆、帰路を急いでいるのだろうか。

 ここ最近は、昼過ぎに無為に布団から抜け出し、そのまま何をするでもなくぼーっと過ごし、それから街を散策する日々を送ってい

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