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【短編小説】豆太郎とのお散歩

 我が家は両親と私、そして豆太郎の四人家族。
 豆太郎は七歳のコーギー犬だ。
 私が小学六年生の時の誕生日プレゼントにどうしても犬が欲しいと両親にねだり、お世話は全部自分ですることを条件に家族として迎え入れることになった。
 茶色と白の毛並み、クリクリした目、短い足でとてとて歩く姿が愛らしい。

 豆太郎が家族になってから、約束どおりお世話は基本的に私が担当した。
 水と餌の用意、トイレの掃除、ブラッシング、そしてお散歩。
 私が修学旅行に行っている間だけは、私の代わりに父が豆太郎をお散歩に連れて行ってた。
 二泊三日の旅行から帰ってきた私に、散歩は楽しいけどなかなか思うようにいかなかったよと父が言った。

 豆太郎のお散歩には少しだけコツが要る。
 出かけたらまず最初ははしゃいで元気に駆けだすので、豆太郎のペースに遅れないように頑張って走って追いかけないといけない。
 しばらくすると飽きて立ち止まってしまうので、そうすると今度は豆太郎の少し前を二、三歩歩いては立ち止まり後ろを振り返る。これを繰り返すと大人しくとてとてと着いて来る。
 そうしてしばらく歩くと、豆太郎お気に入りのスポットに到着する。車通りの少ない静かな桜並木。それらの内、これといって特徴のない一本の桜の木のふともとで、豆太郎は決まって用を足す。
 持参したスコップとビニール袋で片付けをしたら、ビニール袋を豆太郎の目の前に持ってきてガサガサ音を立ててやりながら「豆太郎、帰るよ!」と声を掛けると豆太郎はダッシュを始める。そこからは家までひたすら走る。
 このお散歩の姿をよく見かける近所の人からは、私は短足の犬といつも全力疾走してる子として認知されているようだ。

 猛暑日も大寒波の日も雨の日も欠かさず毎日行った豆太郎とのお散歩。
 それもあと少ししたらしばらくお休みになる。
 私が大学進学で実家を離れるのだ。
 県外での一人暮らしが決まった当初は本気で豆太郎を連れて行くことを考えたが、学生向けアパートでペット可の物件は見つけられなかった。
 目下の課題は、両親に読んでもらうための豆太郎お世話マニュアルを充実させることだ。

 残りの日数を指折り数えつつ、日々豆太郎のお散歩に行く。
 気付けば桜の花が開く季節になった。
 ある日、最初のダッシュが終わったところで、いつもどおり豆太郎の数歩先を歩き振り返り
「ねえ豆太郎。私、しばらく一緒にお散歩できなくなっちゃうんだ」
 と話しかける。
 豆太郎はいつもどおりのクリクリの目でこちらを見て、とてとてと近付いてくる。

 いつもの桜の木の下で片付けをしていると、桜の花びらが一枚、はらりと降ってきた。
 目の前の地面に落ちたそれを豆太郎がくんくんと嗅いでいる。
 その様子を見ていると、改めて寂しくなってきた。
 今までずっと一緒にいてお世話をしてきた子と離れて暮らす。心細さや心配が混ざった感情に、心がきゅうっと締め付けられた。
 私の両親も、同じような気持ちなのかな。
 人並みに反抗期はあったし喧嘩もしたけど、一人娘の私が親元を離れるとなると寂しいものなのかもしれない。

 いつもどおり「豆太郎、帰るよ!」と言うと、豆太郎は勢いよく走り出す。
 あと少ししたらこうして一緒に走れる毎日も終わる。
 残りの日々をしっかりと大切に噛み締めながら過ごそう。
 それと、お盆と年末年始には必ず帰ってきて、また豆太郎をお散歩に連れて行こう。

 一瞬、強い風が吹いた。
 花びらの舞う桜並木の下を、豆太郎と私は駆け抜けた。

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