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その親子の目線の先



昼休憩。会社の外にあるベンチで私の隣に座っている男の子が、上を見ながら叫んだ。

「東京タワーだ!!!」

ここは池袋。到底東京タワーなんて見えるはずがない。

母親が息子に向かって
「東京タワーなんてある訳ないでしょ」
と冷たく言い放った。

「あるってば!あそこに!」
子どもは見ている方向を指さした。

私が見ても、その方向にあるのはビルだけ。

「だから無い!」
「あるってば、見てよぉ」

怒る母親に、ぐずる子ども。

よくよく見るとビルの上に赤と白の鉄塔があった。

「もしかして、あれのこと?」

私が指をさして子どもに聞くと、その子は大きく笑顔で「うん!」と頷いた。

「本当だね、あったね」
私はその子の笑顔を見て可愛さにキュンとした。

すると母親はギロりと私を睨み、
「嘘を教えるのはやめてもらっていいですか」
とまた冷たく言い放ち、子どもの腕を引き去ってしまった。

「嘘も何も…」
私は一言言いたくなったがグッと堪えた。

いつから、本物しか本物と思わなくなったろう。
東京タワーではないあれを、東京タワーと許容出来なくなったろう。
でもそれは間違いではなくて、
あれはちゃんと、東京タワーではない。

確かにそうではあるがそれではあまりにも

窮屈な人生では無いのか。

私もガス会社の大きな緑の玉を、ずっと恐竜の卵だと思っていた。
未だにあれが何かはわからぬが、それではないと知っているのだ。

自然に知っていけばいい。
あれは、東京タワーではないと。

手を引かれ遠ざかる子どもの姿を見て、少しだけ切なくなった。

「でもきっと、賢い子になるんだろうな」

恐らく母親も訳あって子どもにそう教えているのだろう。
その想いが子どもの未来まで奪わないといい。

私はその親子2人に思いを馳せて会社に戻る。

会社に戻ると、上司がビルの上を指さして

「あれって東京タワーみたいだよな」と言った。

あの母親もあの母親なりの思いがあるとは分かるが、私はこうでありたいと、そう思った。

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