見出し画像

少年A


指を切りたいと思いました。
ただ唐突に、切りたいと思ったんです。
でも自分のは嫌だから、
友達の指を切りました。

警部補の目を真っ直ぐ見て、そう話す少年の目は一切の曇りが無かった。
彼は13歳の少年B。

指を切られたのは同じく13歳の少年C。
何が起こったのか分からなかったから、
数秒、ただ流れている血を見ているしかなかったと言う。

不思議な話だ。
強い驚きは、時に人間の痛覚を鈍らす。

少年Bに悪いと思っているか聞くと、
彼は、

思いません。

と言った。

少年Cにそれを話すと

どう考えたって悪いだろ。

と言った。

少年Cの指は深くは切れてこそいたものの、神経や骨に影響は無く、無事にくっついた後は生活に支障はないという。
だからって、悪くないってことじゃないと思うよと言ったら、
少年Bは、

でも、僕は指を切りたいと思っただけ。
そうしたいと思ったからしただけです。

と言った。
少年Cにこの話をしたら、

狂ってる。

と言った。
意味もなく痛めつけたなら、それはちゃんと悪いことなんだよ、と言ったら、
少年Bは

その時に流れる血を見た時、
世界がどうでも良くなった気がしました。
きっと切りたくなった理由はそこにあると、答えが発見出来ました。
だから、悪いことをしたとは思わないんです。
意味がなかったことではないから。

と言った。

話が通じない。
この子はおかしい。
カウンセリングから始めよう。

私を置いて、警部補は部屋を出ていく。

私はそこにいる少年Bと目を合わす。











あぁ、やはりあの時の私と同じ目をしている。







私は、元殺人犯少年A。
ニュースではそう言われていた。
見つかる前に逃げ切り、飛び込んだ崖の下、
世間から死んだと思われた私は生きていた。
捨てられた子であると身寄りのない老夫婦の世話になり名前を変えて生きてきた。

そして今、ここに生きている私は
あの時の消えた少年Aではなくただの一巡査。

彼は少年B。
私は、少年A。
そしてそれは、私の中でだけの呼び名。

道行く人を刺した時の、地面に流れる赤い鮮血。
それを黙って見ていた時の
何とも言えぬ多幸感を、今でもはっきり覚えている。

別に動機などない。
彼と同じく、刺したくなったから、刺した。

世間からはおかしいと言われようと
私たちは何もおかしくない。

映画を見て感動するように
花を見て美しいと思うように

私たちはただ、血に同じものを感じているだけなのだから。

私の方が、それを知るのが少しだけ早かったね。

私と彼は数分見つめ合う。
きっと彼も、私をわかっている。

彼はきっと、良い人間になる。
少年Cなどのような、おかしな人間はどうでも良い。

私のこの興奮を早く彼に伝えたい。
誰にもわかって貰えぬこの感情。
しかし私は彼とは話せない。

だがここで離れてもいつかまた会える気がする。
私の勘が、そう言っている。

ゾクゾクする。

その時が楽しみだ。

この記事が参加している募集

スキしてみて

習慣にしていること

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?