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春の夜明け「Kisikaの日記」27

   
   H16/04/07


真夜中の 川堤の道を
紅い布が のたくりながら
這うように 這うように
走る
 
桜の木の横を 通り過ぎて
逃走する 私のからだに
絡み付いて 拘束して
捻じる
 
私は 必死になって 
紅い布を 振りほどき
あなたに 縋り付くけれど
 
ああ そんなことをしては いけないよ
わたしは 石の海溝に住む 女の元へ
会いに行くのだから
 
あなたは そう言って
紅い布で 桜の木に 
私を縛り付けて
草叢に うずくまり
夜明け前に 鬼が来るのを
じっと 待っている
 
  赤く間伸びした声で
  裂けた木の歌を歌え
    (ああ鬼が来るよ)
  荒い息づかいで
  凍った鳥の歌を歌え
    (ああ鬼が来るよ)

  地の底のしわがれ声で
  人喰いの木の歌を歌え
    (ああ鬼が来るよ)
  洞穴を抜ける風の息で
  首なし鳥の歌を歌え
    (ああ鬼が来るよ)
 
剛毛の生えた 鬼の太い足に
紅い布が 巻き付いている
 
あなたは 震えながら
鬼が去るのを
ただただ 待っている
 
やがて 鬼の気配が消えて
あなたは おそるおそる
立ち上がる
 
そこには 氷の眼をした
私が立っていた
 
私は あなたを
指差しながら言う
あなたは鬼だ 
あなたは鬼だ
 
何を言うか 
そんな筈はない 
わたしが鬼の筈はない
 
鬼の足に 巻き付いていた
紅い布は 
きみを 縛った筈の布だ
さては きみが
きみが鬼だ
きみが鬼だ
 
私と あなたは
互いに 激しく
罵り合った
 
ああ だんだんと
私も あなたも
鬼の顔に なってゆく
人の こころを忘れて
相手を 喰いたくなってゆく

こころに 夜のざわめきが
侵入してくる
いっそ気持ちが よいのか
 
朦朧とした 意識の中で
あたりが ぼんやりと
明るくなってゆく
 
ああ 陽が昇る
幾筋もの光が 照らし出す
うす桃色の 桜の花
 
ああ 見てごらん 
ここは 満開の
春の夜明け
 
おかげで すっかり
人のこころを 取り戻し
桜の木の幹に 片手を突いて
うなだれながら
深くハンセーした
私と あなた
 
朝の光の中で
今は二人で 
手分けして
花見のゴザを
探している
 



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