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ミズグルマ 勇者編

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ジャンル: 小説 SF(ただしサイエンスファンタジー) 舞台をハイファンタジーにとったSFなので読者を選ぶと思います。読みやすさには留意したつもりなので、お暇なら手に取ってみて…
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2020年10月の記事一覧

水車 第二章 第8話

 「おちねぇ!」前席の射手が叫ぶ。これこれ、司令が乗ってるんだから敬語使おうよ。なんか、クルー仲間だと思われてる節あるなぁ。身体を捻って前方を見る。肩ベルトが邪魔だ、緩める、ありゃ片っぽ外れた、ま、いいや腰ベルト締まってるし落ちることは無いだろう。…落ちないよね?
 射手の狙いは正確でほぼ命中している様だ。タンクに穴を開けたと思しき証拠の白煙も数条見える。しかし、付与によって開く筈の大きな破口が見

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水車 第二章 第7話

 お誂えむきに吹雪いていた。雪上戦車の立てる雪煙は発見されるのが遅れるだろう。跨乗歩兵は乗せたままで進軍、敵に発見される前に出来るだけだけ距離を稼ぐ。
 敵陣に動きが見えた、兵の影が増え揺れるカンテラの明かりも増えた、怒号がここまで聞こえる。
 「跨乗そのまま、敵陣に突っ込む!」砲が吠える。防柵や掩体が吹き飛ぶ。戦車は壕を乗り越え敵陣に入った。反撃は散発的で何名かの兵が落車したが怪我らしい怪我もな

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水車 第二章 第6話

 お姫様…じゃなくて太子殿下が王都にお帰りになられた。森が存外お気に召されたらしく大分おごねに成り遊ばしていらしたが、橇つき飛空艇の出現で何時最前線になるかもしれない森にやんごとなき御方をお止めするのは、私の首が胴と泣き別れになる事に、と翻心願った。
 編成を変えた。二機で一個分隊、二個分隊で一個小隊とした。三個小隊で一個中隊は変わらず。森には現在二個小隊の二連気球部隊がいる。森人のと合わせて一個

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水車 第二章 第5話

 「お帰りなさいませ、御主人様」森に帰るとやけにシャープな顔立ちの美形の女官に出迎えられた。太子様なんだけどね。いや勘弁してください、どう反応して良いか分からんじゃないですか。
 「こういうのが好きと聞いたぞ」誰から、長官?なんで王族巻き込んで冗談仕掛けるかな、不敬罪…あ、長官も王族か。兎に角困りますからそういうのやめて。
 女装は気に入ったみたいで止める積もりは無いらしい。「胸元が苦しくなくて良

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水車 第二章 第4話

 「下部銃座員上がれ!接地するぞ!」その命令のタイミングはギリギリすぎた。上がってきて指定の席についてベルトを締める余裕は多分ない。
 飛空艦は近衛と憲兵隊が対峙するど真ん中に降り立った。両方の兵が這う這うの体で避ける、飛び退ざる、転げ回る。艦は地面を抉り極短い距離を走り、内壁にぶつかって止まった。
 艦橋の前部が潰れたが人的被害は操舵手が足を挟まれただけですんだ。下部銃座員と銃座からの脱出を手伝

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水車 第二章 第3話

 「何時になったら人員増やして貰えるんですか」医療班に捩じ込まれた。すまぬ、忘れていた。
 環境が変わって体調を崩す者が増えた。ここ暫くの緊張が慣れて解けてきたのは良いことだが、気の緩みからか怪我が増えてきている。
 医療班はてんてこ舞いだ。元防空隊の一個中隊に対応できる人数しか居なかった処に今や二千名の大所帯だ。
 参謀長えもーん、へるぷ。
 書簡を書き出したが視線が針の筵だ。今なら憲兵も空軍に

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水車 第二章 第2話

 「騎士団長が面会求めているって?」軍府は参謀長が面倒を視てくれているが8日毎の定例会議には森に来る。でその折に書簡なんかだと都合の悪そうな情報、主に噂とか、を持ってくる。
 「現状では難しいと伝えてはあります」どうにも騎士団は信用できない、暗にそう言うことだろう。脳筋だから頭が悪いとか、そんな事は全く無い。むしろ専門の分野については、素人では及びもつかぬ知恵を発揮する訳で、先の団長と副団長の行動

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水車 第二章 第1話

 葉を落とした枝に、霜や雪を纏わりつかせた純白の満開の桜の如き木々の領域を抜けると森人の森だ。中央の一際目立つ巨木・神樹を中心に広がる広大で豊かな緑が森人の領域。
 「なんで葉を落とさないんだ?」眼下を観察しても針葉樹より寧ろ広葉樹の方が勢力を誇っている様に見える。
 「エルフねがう ユグダあおくする あおくあおくあおく」眼下の木々を順繰りに指差して空先案内の森人が教えてくれた。
 「コウカぽいと

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水車 第二章 承前

 森人の青年は気球の横腹に書き上げた物を満足気に見渡した。全体に掛かる隠蔽魔法を練り込んだ迷彩塗装に紛れ、初めからそうであったかの様に書かれた森人文字はこの気球の機名を表していた。
 森人が手にいれた最初の気球だ。
 「サンダーバーヌーシチョガ(お兄ちゃん何してるの)」下の方から妹が呼び掛けて来た。「ナムアランサ(なんでもないよ)」「マンマーヤシガウリテチュラセ(ご飯だよ降りてきて)」
 木を伝っ

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水車 第一章 第10話

 雪が降り始める少し前くらいから凍結によるトラブルが出始めた。
 小さな湯石を放り込んで置けば水タンクが凍りつく事は無い。問題は配管で、きちんと水抜をしないと、早朝の始動時に思わぬ事故を起こす。いや起こした。起こしまくった。だって初めての冬だし……。
 凍結の配慮がまるっと抜け落ちた設計というより、そんなノウハウが皆無だったのだ。
 湯石を使うことを思い付く前には、食塩を添加して凍結を遅らせる実験

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水車 第一章 第9話

 そう思ってると本当に来た。エル……じゃなくて森人。若い女冒険者の付き添いがあって流暢な森人語を話す。まともな会話出来るってまじ最高。
 「気球を分けてくれと言っている」いま、二分近く喋ってたよね?ほんとにそれだけ?「要約した」言葉を節約するタイプの通訳だった。
 双気嚢の噴進付きでないとだめ?あれ高いんだよな…。じゃさ、射手頂戴よ。代わりに二機……少ない?三機?もっと欲しい?四機!これ以上は負か

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水車 第一章 第8話

 死ぬかと思った。いや、まじで。相手は[召還されし者]、鼻息で王国吹き飛ばすようなチートな勇者様だし。荒れ狂って部屋の中ひっくり返して飛び出ていった。
 俺は壁に張り付いて難を逃れた、と思いきや衛兵が入ってきて逮捕された。俺なんもしてないっす。あ、言葉通じないや。
 三日程放置されてから釈放された。て言うか、拘禁が軟禁に変わっただけだけどね。今度は少し、格の落ちる部屋が軟禁場所だった。
「お帰しし

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水車 第一章 第7話

「内通とは見損なったぞ」「裏切ったのは、王家の方ですよ」まあ、解らんでもないが立場上非難しない訳にはいかんのよ。
 羽気球はむちゃくちゃ揺れた。渡されたゲロ袋はもうパンパンだ。ちなみに副団長は乗っていない、騎馬で隣国まで抜けると言う。
 でもなあ、羽気球使えるなら王城空襲出来たんじゃないか?もしかして、目的は初めから俺?まさかな。
 闇に紛れて王国軍の陣地を飛び抜けた羽気球は隣国軍の砦に降り立った

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水車 第一章 第6話

 明日を出立に控え、その夜は慰労会と言うか軽いお別れパーティーの様なものをしていた。騎士団長があちこちで呟いてから去ったお陰で、副団長のクーデターはうっすら視えていたし色々考える暇もあった。
 だがしかし、「え?こっちに来たの?」いきなりは心臓に悪いです。
「プランC!」緊急時には一応武官である俺に指揮権がある。早速行使する。敵の狙いは気球だ。
 長官と会に参加していた水軍の弁務官、それとついでに

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