水車 第二章 第3話

 「何時になったら人員増やして貰えるんですか」医療班に捩じ込まれた。すまぬ、忘れていた。
 環境が変わって体調を崩す者が増えた。ここ暫くの緊張が慣れて解けてきたのは良いことだが、気の緩みからか怪我が増えてきている。
 医療班はてんてこ舞いだ。元防空隊の一個中隊に対応できる人数しか居なかった処に今や二千名の大所帯だ。
 参謀長えもーん、へるぷ。
 書簡を書き出したが視線が針の筵だ。今なら憲兵も空軍に構ってる暇は無い筈、直接頼みに行こう。逃げる訳じゃないからね。
 久し振りに二連気球に乗った。飛空艇と比べて速度が落ちる分、寒さは弱まるかと思ったら、ガラスの風避けもない吹きっさらしの篭じゃ、寧ろ寒いことが分かった。
 むちゃくちゃ寒かった。こりゃあれだ、完全密閉型の乗員席作んないと、まじで反乱もんだぞ。

 「長官が拉致された?」軍府に着いていきなりのびっくり情報。拐ったのは近衛?なんじゃそりゃ。凡ては長官の策謀と短絡化した連中がやったらしい。
 拘禁されてる場所はわかる?奪回作戦は今夜?あ、そ。段取りはついてるらしい。「ここにサインを」作戦指示書にサインして俺の仕事終了、楽で良いがなんかむなしいぞ。
 「あ、医療班大量増員お願い」おし、今度は忘れずに言えたぞ。
 工廠で篭の密閉化と飛空艇の暖房の検討を留守番の量産型准尉に指示、大任だけどこれも経験。やけに機敏な敬礼に答礼を返して犬小屋へ向かう。たまに取ってこい遊びしてやらないと拗ねるからな。
 「まるまるひとまるに状況を開始する、各員時計合わせ……三、ニ、一、今」参謀長の時計合わせでブリーフィングは終了。俺も旗艦に席を確保した。だって今回全然仕事してないし、旗艦の後ろ座席で鷹揚に頷いてれば良いだけだし楽チンかつ安全、やらいでかみたいな?
 楽チンでも安全でもなかった。

 シャオが言うには「空間魔法しかない」物質は凡そ百個の元素が組み合わさって出来ているが、そも元素自体空間が変質した物なのだと言う。
 微細化した空間に然るべき情報を書き込んでやれば、有りとあらゆる元素を出現せしめる事が可能だと。
 「それって錬金術じゃね?」
 「全ては空間魔法に帰結、錬金術も然り」
 情報を直接書き込むには膨大な魔素が基本的に必要で、殆んどの魔法はアカシックレコードを経由して漸く人間の手に負えるようになる。
 「アカシックレコードて何なんだ?」世界の記憶になんでそんな機能がある。
 「真空=空間から染み出した魔素の集合」
 「宇宙の創成から続く時間を支えるもの」
 「果てしなく続く宇宙の見る夢=未来」
 訊いても解らんことが、判った。知ってたけど。

 「作戦は中止だ!」「各個に迎撃、敵を残滅せよ!」王都上空には隣国の飛空艇が無数に舞っていた。シャオの遠話函が間に合って良かったよ、隣国のもの程高性能じゃないが王都周辺ならなんとか声が届く。
 しかし何故この時期に空襲?謎の一つは直ぐに解けた。飛空艇は二枚の橇板を履いていたからだ。「雪か!」敵の進攻を遅らせる筈の雪が航続距離の短い敵飛空艇の長駆を可能にしたのだ。
 しかし陸軍は動けないだろうに、なぜ今なんだ?「4時上方、敵機!急降下!来ます!」見張り員が叫んだ。空襲用の爆弾をぶつける積もりらしい。
 「とぉぉりかぁじ!」旗艦艦長の中尉が叫ぶ。副長の復唱も待たず舵が切られる。トルクを利用した急旋回はしかし、敵機が軸線を合わせる手伝いをしてしまった。
 「面舵だったか」中尉が呟く。気にするな誰だって失敗くらいするさ。
 「左翼被弾!」副官の准尉が悲鳴のように叫ぶ。轟音と衝撃。主桁を破壊された翼は千切れ飛び、上空に向かって落ちていった後、魔力を喪い舞うように回転しながら今度は地表に向け落ちていった。

 「右翼斥力縮小!」「胴体気室圧縮度最大!」中尉の命令が矢継ぎ早に飛ぶ。飛空艦は浮力バランスを崩し、緩やかに落下しつつ大きく左に傾いていた。
 右発動機は、衝撃でトラブったか停止している。要改良だな、こりぁ。
 バランスをある程度取り戻したら「落下を利用して滑空してくれ」そう指示を出した。「目標、王城中庭」
 多分だが、この空襲の目的はクーデターの支援だろう。ならば主戦場は王城。行くぜトルーパーズ(野郎共)

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