水車 第二章 第7話

 お誂えむきに吹雪いていた。雪上戦車の立てる雪煙は発見されるのが遅れるだろう。跨乗歩兵は乗せたままで進軍、敵に発見される前に出来るだけだけ距離を稼ぐ。
 敵陣に動きが見えた、兵の影が増え揺れるカンテラの明かりも増えた、怒号がここまで聞こえる。
 「跨乗そのまま、敵陣に突っ込む!」砲が吠える。防柵や掩体が吹き飛ぶ。戦車は壕を乗り越え敵陣に入った。反撃は散発的で何名かの兵が落車したが怪我らしい怪我もなく、損害を出さずに敵陣を陥とした。
 捕虜を一箇所に集め二個小隊を見張りに残す。一個小隊は戦車二両、跨乗歩兵十二名の編成だ。後続を待たず次のポイントへと急ぐ、それが勇者様の立てた電撃の鉄槌作戦だ。「準備でき次第、順次出撃せよ」

 ウルクハイには魔法が効かない。なので付与頼みの弩は置いてきた。兵には陸軍から借りた火薬式の銃を持たせてある。とても威力があるが火薬に含まれる硫黄が厄介で周辺の魔素を吸ってしまう、つまり付与が付けられない。
 気球や飛空艇で使われない理由でもある。水軍だと魔素遮断の魔道具で火薬を管理している。が、嵩張るので、やはり空軍では使いにくい。
 散開して森人が待ち受ける地点まで追い立てる作戦だ。 そこへ聞き慣れた音が近付いてきた。
 「司令、連絡艇です」兵曹が指差す。
 「防衛線が突破された?」勇者が攻めてきた?寒さいや増す二月なぜこの時期に侵攻できる。
 「参謀長がお呼びです」後の事は兵曹に…いやいや准尉に任せて連絡艇に飛び乗った。
 「兵曹を頼れ、それが指揮の基本だ」准尉に投げた言葉は届いたのやら、艇は既に踵をかえしていた。

 水車の前身たる湯石の産地は然程多くはない。その数少ない産地の一つが北の森、森人の領域だ。産業を育むとすれば林業か炭焼き位しかなく、そのどちらにも忌避を示す森人が意外にも高い経済力を持っている理由の一つが湯石である。
 活動資金の不安定な騎士団が狙うところでもある。
 重要な資金源とて部外者には頑として所在を明かさぬ湯石の「生まれる場所」幾重にも隠蔽魔法を施した神樹の根方にあるウロの一つにシャオは来ていた。
 森人から仲間と見為されているらしい。いや、通訳の女冒険者もそうらしい事から考えれば、単に森人は言葉足らずの美少女が好きなだけかも知れない。
 シャオは湯石が誕生する瞬間をじっと看ていた。
 ぽこぽこと、ウロの底部、神樹の木質からどう見てもケイ素系の湯石が生まれてくる。
 「これ貰って良い?」お眼鏡に叶う石が出たのか、おねだりするシャオ。
 もちろん結構ですとも、森人の「無口系美少女属性」が決定した。
 湯石は生き物である。シャオはそう考えている。水を取り込んで生きる為のエナジーを得ているのではないか。吐き出される蒸気は余剰分だとすれば、間尺は合う。

 兵部省の対策本部、挨拶もそこそこに席に着く。三元帥は既に来ていて俺を待っていたらしい。すぐに状況説明が始まった。
 プレゼンターは省宰の爺さん。
 重装甲の橇つきの車両が敵の主力らしい。駆動用の車輪と橇の取り付け位置から冬季限定の兵器と思われた。なぜそんな無駄なことを…。
 橇飛空艇の援護もあり、無人野を征く如き進撃を続けている、らしい。
 そこで長官が此方を見る。
 はいはい、偵察ですね?空軍にお任せを。
 いや、俺、自分で行くとは言ってないんだけど…。なぜか、当たり前のように鷲型飛空艇に押し込められた。後席の銃座、射撃自信無いんだけど。まあ、列機がベテランクルーだし、良いか。
 村落に敵車両多数、此処で夜営するらしい。しかし、もうこんな処迄来ているのか、明後日、いや明日の晩には王都に着くぞ。迎撃間に合うか?
 いきなり急旋回、うぉっと、敵か?いた!こっそり後ろから近付いたようで、て、俺が見付けないと駄目なやつじゃん。
 一連射二連射、だめだ流れて当たらない。射線がぐねぐね曲がって見える。操舵手が急な上げ舵を取った。敵は着いてこれない。なんかデジャブ。

 勇者は先発隊との合流地点の村に急いでいた。そこで夜営の予定である。夜営と言っても村の住民を村長宅や集会場に押し込め、空いた住居を使うのだから少し違うのだが、敵地であってみれば十分夜営と言って差し支えないだろう。
 「前方、空戦!」前席の兵が報告した。屈むようにして前を窺うが見辛い、側窓を開け顔を付き出した。丁度、橇飛行艇=水上戦闘機が敵ジェット機を追い詰めている処だった。
 と、ジェット機が急上昇した。水戦も追随しようとするが角度が足りない。ジェットはくるりと回って水戦の後ろに着いた。
 「なんだあの機動は…」北の森制空隊壊滅の理由、その本質に、いま勇者は触れた。

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