水車 第二章 第4話

 「下部銃座員上がれ!接地するぞ!」その命令のタイミングはギリギリすぎた。上がってきて指定の席についてベルトを締める余裕は多分ない。
 飛空艦は近衛と憲兵隊が対峙するど真ん中に降り立った。両方の兵が這う這うの体で避ける、飛び退ざる、転げ回る。艦は地面を抉り極短い距離を走り、内壁にぶつかって止まった。
 艦橋の前部が潰れたが人的被害は操舵手が足を挟まれただけですんだ。下部銃座員と銃座からの脱出を手伝った介添員は座席に座らずにしがみついて難を逃れた。咄嗟の機転て奴だね、こいつら使えるな。
 搭乗口の有る下部が塞がってるので銃座からの顔を出した。へろー?げんきですかー?
 いやー搭乗口塞がったのは誤算だよ。下界の連中が度肝抜かれてる間にワラワラ飛び出して、ひかえおろー、て遣るつもりだったのに。頭上の空戦は一段落ついたみたいで飛空艇と二連気球が編隊を組み始めていた。下に声をかける「何機か此方に呼んでくれ」
 上部銃座は二つ有り、俺が顔を出している他のもう一つには射手、水擊銃を憲兵隊に向けている。

 「近衛はどうします」あぁ、まだ敵の認識なんだよな。「暫定放置」
 「貴様等、何故銃を向ける」憲兵隊の中に何人か私服がいて、一番高そうなのを着てるのが、詰問した。王弟殿下の関係者か?
 「遠話を傍受した。憲兵隊が敵空軍を引き込む内容だったのでおっとり刀で馳せ参じた」
 「戯れ言を、何処に証拠がある」
 ぶっちゃけこれは賭けだ。殿下の企みに荷担しているのは、恐らく上層部の一部、ここに来ている大多数の兵士等は命令で来ているだけだろう。そうでなくてバリバリクーデターやる気のばかりなら、詰みだね。
 「これが証拠だ」大袈裟に手を振って千切れた左翼を指し示す。「傍受がなければ、我々は間に合わなかった。そして、命がけで戦った」
 勿論嘘っぱちだ。近衛と一戦交える積もりで来たら、隣国空軍がいただけの話。
 「嘘をつくな!あの暗号を解読出来るはずがない!…!!」「語るに落ちたな、なぜ暗号と知っている。しかも難度すらご存知だ。」どよめきが広がる。
 私服と数人の憲兵が偉そうな男の回りに集まる。「ええい、切れ!切って捨てよ!」兵は動かない。

 真空=空間を水面に例えると、存在=物質は、そこにたった細波の中心点に見立てられる。これは魔法学で教えられる事だが、シャオの言うには「不完全あるいは手抜き」
 中心には魔素がある。それは無限の長さの紐の様な魔素で、真空平面に突き刺さり細波を起こす。ぐるりと回って今度は裏側から突き抜け細波を起こす。これを無限に繰り返し世界が生まれた。
 いや、訊きたいのは、ダンジョン脱出用にしか使えない転移石でなんで水補給ができるか、なんだけど。
 小首を傾げてシャオ「それの説明」
 訊くんじゃなかった。

 中庭からは一際立派な入り口が見える。陛下の在ます奥の院に通ずる。ここを守る衛兵に通せと捩じ込む憲兵隊。応援に駆けつけた十名ほどの近衛。
 俺達が降り立ったのはそう言う状況下であったらしい。
 近衛が抜剣した。衛兵が躊躇いながらそれに続く。なんか動きが鈍いなと思ったら、「殿下ここは一旦退きましょう」偉そうな態度の男は王弟殿下だった。
 やば、言いたい放題言っちゃったよ、不敬罪だよ。
 人数は憲兵隊の方が多い、一個中隊二百五十名、多分連れてきている。
 だが、「殿下に与するなら須らく反逆罪と知れ!」はったり上等、強気で行かないと此方が死ぬ、まじで。
 聞き慣れた音が降ってきた。俺等の上に飛空艇が四機援護の位置に着いた。
 「王は病床に有る」不利とみたか説得作戦に出てきたようだ。「太子も既にみまかった、王足るは余ひとり、剣を納めよ」
 へ?太子?うちにいますけど?あーそう言うことか。
 影武者かなんかが死んで、危険を感じた三軍の長が女装させた太子を空軍府に避難させた。そんなとこだろう。 
 「恐れながら殿下、太子殿下は空軍府にて御療養あそばされて居ります、亡くなられたのは別の方かと」王族相手に敬語で難詰するってどうするんだ?

 これが決定打となって、憲兵隊は降伏した。
 「そこまで見越しておったか。名を聴こう」継承権二位の殿下は貴重な予備だ。これだけの大罪でも処刑されることはないだろう。それを見越しての余裕かな?ちょっとむかついた。
 近衛から幾重もの謝罪と共に長官が帰って来た。顔のあちこちが腫れていたが、まあ不問だな。後になって陛下のお病気は毒によるもので王弟殿下の差配であった疑いがある、と聴いた。医師団が気付き快方へ向かった事が今回の凶行に繋がったと判断された。
 勿論そもそもなぜ王位が欲しかったのか、なぜ隣国を引き込んだのか、謎は山積しているが一介の空軍指令が関与するべきことでもない。
 なので放置。

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