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母子寮って母子を守ってくれるんだと思ってた 其の2

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「けんきち、どうした?」

「テレビ見たいー」

「あっ、アンテナ買うの忘れた」



 


(ノックの音)



「田中さんいかがですかー?」

「あっ、どうも!」

「なんか困った事ないですか?」

「はい、なんとか」

「おかあさんテレビー」

「あら、こんばんは。どうした?…テレビは、あったの?」

「はい、倉庫にあって貸して頂きました。ありがとうございます」

「どう、見れるかな?」

「みーれーないー」

「ありゃー、どうして、アンテナないの?」

「はい、忘れちゃって、明日買いに行きます」

「それじゃ大変でしょ、もう今日は5時で門限だからね、ちょっと買ってきたげるよ、なにスクーターですぐだから」

「いやいや、大丈夫ですよ」

「下のお子さんは?」

「一歳で、疲れちゃったみたいで今寝てます。昨日イオンに連れて行ってもらってて場所はなんとなくわかるんで、アンテナとか明日買いに行ってきてます」

「昨日来たばっかりじゃ疲れてるよ、今は休んでなさいよ、アンテナ買ってくるからすぐだから、そしたら今日はテレビでも見て寝ちゃいなさいって」

「いいですいいです!」

ガラガラガラ、プイーン

止めたけど職員さんは全く聞いてくれない。あっという間に戻ってきてビニール袋と1080円のレシートを渡すと、軽々とテレビをずらして壁にケーブルをさして手早く接続までしてくれた。


「そら、できた!」

「どうもありがとうございます。自分じゃわかりませんでした」

「今日はもうテレビでも見て、すぐ寝ちゃいなー」

「はあ、どうもありがとうございます」



疲れてへたり込むとテレビ画面が光っている。今までと変わらない番組。お家で見ていた色んな夕方。何度も再放送されて録画もしてたからよく知っている。何がどうなってるかわからない、違う場所から見つめているのは私達だ。


けんきちはもうすぐ年長で、弟は一歳になったばかりだ。元々よく食べるけどシェルターでなんでも食べるようになった。



「お母さん、黒飴あった」

「夕飯もうすぐだよ」


ここでは門限は夕方5時。お菓子もおもちゃも車もないし、やることは山積みなのに何にもできる事はなく、砂糖のように時間は溶けていく。

いつ目を覚ますかわからないピリピリした隙間時間の中で、窒息しないように最小限のエネルギーの塊を少しずつ舐めて身を潜めている。


ほぼワンルームの六畳にダイニングテーブルがあるだけのこの部屋。布団さえ広げられずに三つ折りにしたままもたれて私は気を失った。


ーーーーアンテナ買ってきてもらえてよかった




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