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【時事考察】いま話題のゲーム『かがみの特殊少年更生施設』から考察系コンテンツの盛り上がりについて考察してみた

 愛宝学園かがみの特殊少年更生施設をご存知だろうか?

 学校に馴染めず、犯罪や逸脱行為に至ってしまった青少年を受け入れている施設で、芸術の力で社会復帰につなげる活動が高く評価されてきた。

 ところが、最近、この施設に妙な噂が広がっている。

 きっかけはYouTubeに投稿された一本の動画。なんでも、公式ホームページに掲載されている卒院生の作品をよく見ていくと、奇妙なメッセージが隠されているというのだ。

 なんて、それっぽく書いてみたけれど、これはARG(代替現実ゲーム)のシナリオ。

 この動画はチュートリアルになっていて、先に挙げたホームページ内でキーワードを検索していくことで、隠された物語が浮かび上がってくるという仕組みになっている。

 プレイ料金は最後まで無料。しかも、スマホさえあれば、アプリのインストールは不要。誰でも、いつでも、気軽に遊ぶことができる。

 これが抜群に面白かった。設定から映画『カッコーの巣の上で』っぽさがあふれているし、調べることで隠された真実が少しずつ浮かび上がってくるので、真相にたどり着くまで辞められない。

 とはいえ、難易度はめちゃくちゃ高く、悔しいけれどわたしは何回か考察サイトを覗いて、クリアの仕方を参照させて頂いた。ノーヒントで最後まで行ける人はマジで凄い!

 ただ、こういうコンテンツの肝は考察にあり、自力でクリアできなかったとしても、それはそれで満たされる。なんなら、他の人の考察を見ることで、

「そうか! そこにそんな仕掛けがあったのか!」

 と、感動できることもしばしば。

 最近、こういう考察系コンテンツが盛り上がっている。

 例えば、雨穴さんの『変な家』シリーズが大ヒットしている。

 もともとは違和感のある間取り図から、そこで行われていた残酷な真実を考察していくというYouTube動画だった。その面白さが評判を呼び、書籍化、漫画化、映画化とメディアミックスが続き、軒並み成功している。

 これは謎に対して、雨穴さん(と友人・栗原さん)の考察を楽しむという構造になっている。怖いことが実際に起こるのではなく、

「もしかして……」

 と、想像していく中でゾゾゾッとなるのが特徴的。YouTubeの動画に関してはほとんど動きはなく、淡々とナレーションで進行していくだけなのに、ホラー映画を見ているぐらいスリリング。物語の力を強く感じる。

 また、YouTubeだと「フェイクドキュメンタリーQ」というチャンネルも人気だ。

 これはホラーチャンネルとして人気の「ゾゾゾ」の発起人・皆口大地さんが展開している考察系コンテンツ。偶然、発見されたという設定の動画を並べ、なにが起きたのかを視聴者が予想するというファウンド・フッテージの構成になっている。
(かつて一世を風靡した映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』みたいな感じ)

 シーズン毎に話数が定められるなど、ドラマ風のプロジェクトになっているが、そのスペシャル版に当たる『フィルムインフェルノ』という作品は考察しがいがあると評判になった。

 最近では、「フェイクドキュメンタリーQ」の制作チームがTV番組を作ったことも話題だ。

 むかし、よくあった行方不明者の公開捜査系のフェイク番組『イシナガキクエを探しています』というもので、一見するとおじいさんがイシナガキクエさんを探しているだけのようだけど、ところどころ、おかしな点があふれている。

 ちなみにこの番組のプロデューサー・大森時生さんは数々の考察系コンテンツを手掛け、それらが放送されるたび、

「なんじゃこりゃ……」

 と、視聴者の波紋を呼び続けている。

 特にお笑いコンビ・Aマッソを司会においた『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』の衝撃は凄まじかった。

 表向きは子育てや家事で忙しい奥様を労い、可愛く変身してもらうというお昼のワイドショーで定番の企画。ただ、その家族の発言や振る舞いにちょっと違和感があり、それらが積み重なったとき、とんでもない結末が導き出される。

 出演者も自然だし、お掃除テクニックの紹介などやっていることも明るいので、なにも知らずに見たら、そういうものだと思ってしまうような気がする。なのに、怖い話になっているギャップが堪らなかった。

 映像以外でも考察系コンテンツは熱く、昨年、ウェブ小説から書籍化した『近畿地方のある場所について』も口コミを中心に広く知れ渡った。

 事件や都市伝説、言い伝えなど、最初は無関係に思われていた情報の数々が近畿地方のある場所に集約していくという構成になっていた。ホラー小説に分類されるのかもしれないが、『変な家』同様、直接的な恐怖描写は行われず、あくまで読者の想像によって完成する。

 さらに、変わったところでは芸術界でも考察系コンテンツの波が来ている。

 数年前、東京の空に巨大な顔が浮かび、ネット上を騒がせた。これは東京都がオリンピック・パラリンピックに合わせたプロジェクトとして主催したもので、現代アートチーム「目[me´]」の作品である。

 この「目[me´]がリニューアル工事中の千葉市美術館で大規模個展を行ったことがある。そのタイトルは『非常にはっきりわからない』だったのだが、究極の考察系コンテンツになっていた。

 わたしは実際に行ってきたのだけれど、外観から工場の足場が組まれたり、ビニールシートが覆われていたり、

「本当に展示なんてやっているのかな?」

 と、不安になった。中に入ったら入ったで、一階のフロアには木箱やダンボールが台車の上に雑然と置かれ、作業服を着た人たちが忙しそうに動き回っていた。

 その隙間を縫って、エレベーターに乗り、会場となっている7・8階のうち、まずは7階に行ってみた。

 扉が開くと、ここも工事中の状態で、およそ美術館らしくなかった。ただ、ぐるりとまわれば、絵画や掛け軸、立体美術がリニューアル作業に使っている荷物やトンカチの間に飾られていた。一応、展示はやっているらしい。

 なるほど、あえて工事を止めるのではなく、工事をしながら展示を行うというアイディアなんだなぁ、とわたしは納得した。それが面白いかはともかくとして、奇抜なことに間違いなかった。ただ、正直、より変わった展開を期待していたので、少しだけガッカリだった。

 ところが、8階に移動して、度肝を抜かれた。なんと、そこは7階だったのだ!

 どういうことかというと、8階に移動したはずなのに、そこにあるのは7階とまったく同じ空間。展示されている作品はもちろん、雑然と置かれていた作業用の荷物や道具、養生に至るまで完全再現されていたのだ。

 そこからは夢中だった。7階と8階を何往復もして、本当に間違いはないのか探し回った。途中、作業服の人がなにかを運んだりするので、これも展示の一部なのかと驚かされた。

 やがて、観客も観客なのか怪しくなってきた。展示用に雇われた役者なのではないか? じーっと見つめると、目と目が合って、気まずく会釈したりした。たぶん、向こうからしたら、わたしも観客なのか怪しかったことだろう。

 隅から隅まで見尽くして、ようやく1階に降りたのだけど、来たときと景色が少しだけ変わっていた。もしかして、仕掛けはここから始まっていたのかも。疑い出すと、何から何までそう見えてくる。

 後に公式図録を購入したが、その表紙には美術館の入口付近で作業着姿の男性が腰掛けている写真が載っていた。やはり、すべてが作品だったのだ。

 さて、話題になったものから個人的に好きな考察系コンテンツを適当に紹介してみたが、これらを時系列順に整理すると以下の通りになる。

2019年 『非常にはっきりとわからない』
2020年 『変な家』
2021年 『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』
2022年 『フィルムインフェルノ』
2023年 『近畿地方のある場所について』
2024年 『かがみの特殊少年更生施設』

 2020年前後を境に、突如、日本では考察系コンテンツのクオリティが爆上がりしている。単にそれ以前のものにわたしが気づいていないだけかもしれないが、日本のカルチャー史を考える上で、重要な変化が起きたと思われてならない。

 現状、仮説として、わたしは2010年代のクイズブームに対するアンチテーゼとして、2020年代の考察系コンテンツ興隆があるんじゃないかと考察している。

 もともと、日本ではクイズブームが繰り返されてきたが、2010年代のそれは異質だった。というのも、高学歴を崇拝するような内容になっていたから。

 具体的には、『高校生クイズ』の問題が「シュテファン・ボルツマンの法則を用いて太陽の表面温度を正確に計算せよ」とか、「宇宙エレベーターで静止衛星までの移動にかかる時間を計算しなさい」とか、お茶の間で気軽に答えられるようなものじゃなくなってしまった。『東大王』は東大生の素晴らしい頭脳の発表会と化していた。

 おそらく、2000年代のおバカブームに反発する形で、2010年代のインテリブームが起きたのだけど、正直、わたしは蚊帳の外状態だった。単純に見ていて自分が解けそうな感じはないし、それが解ける人たちを見ていて、なにを思えばいいのかわからなかった。

 知的な面白さって、解けそうで解けない絶妙なバランスの上に存在している。誰でも解ける問題を解いても仕方がないし、絶対に解けない問題に挑む気は生じない。だから、おバカブームもインテリブームも、自分とは関係こないものとして、享受することができなかった。

 ただ、振り返ってみると、それらのブームの本質は他人をいじる文化に基づいていたのだろうと思われる。『ヘキサゴン』で島田紳助がおバカなタレントをいじることが笑いが生まれた。『さんまの東大方程式』で明石家さんまが東大生をいじることで笑いが生まれた。

 おバカとインテリは真逆だけれど、そのブームの本質としてやっていることはどちらも同じだったのだ。

 対して、考察系コンテンツは他人をいじる必要がない。知的な活動ではあるけれど、特殊な知識が求められることはないので、誰でも参加することができる。しかも、わからなかったらわからなかったで、他の人の考察を見るのも楽しい。

 さて、そんな風に言うと、考察系コンテンツの盛り上がりを称賛しているようだけど、わたしは同時に強い危うさも感じている。というのも、その面白さは陰謀論にハマる面白さに似通っているのだ。

 なんの変哲もない情報から意味のあるメッセージを読み取り、恐ろしい真実へ辿り着こうとする欲求は、果たして、エンタメの範囲に留まることが可能なのか、幾許かの不安がある。

 万が一、考察系コンテンツの文脈で、悪意ある集団が人々を洗脳する目的のメッセージを発信したら、とんでもないことが起きるかもしれない。

 もちろん、大多数はどんなにリアルな作りであっても、それがフィクシャンであると認識し、エンタメとして消費するだろう。ただ、バブルの頃、宗教ブームでエンタメとしてオウム真理教が消費される中、その世界に引きずり込まれた人がいるのも事実。

 昨今、いじりは他人の価値観を否定することだから、よくないとする風潮がある。文字通りに解釈すれば、それはその通りなのだけど、価値観が否定されないというのもけっこう危険な気はする。

 もし、反社会的集団に入ることがいじられ、笑われる世界だったら、そこに入らず済む人が増えるかもしれない。かつて、暴走族を珍走団と呼び変えることで、新規加入する若者を減らそうとする試みもあったが、何事も絶対視しないことが重要だ。

 その点、最近、「考察」という言葉は絶対視されかけているのでかなりヤバい。本来、それは個人の考えに過ぎないはずが、さも説得力があるかのように、ネット上を駆け巡っている。

 インフルエンサーの滝沢ガレソが意味深なつぶやきをし、フォロワーに星野源が不倫していると考察させて、代わりに間違った情報を拡散させたことは記憶に新しい。

 所属事務所もタレント本人も、早急な対応ができたからよかったけれど、あのまま放っておいたら、酷い考察を垂れ流し、誹謗中傷に歯止めが効かなかったかもしれない。

 とどのつまり、ある出来事に関して、すべての情報を手に入れることなんて不可能である。当事者であってもそうなのだから、ましてやニュースを見ているだけの我々にわかるはずがない。

 なのに、考察系コンテンツを楽しむ容量で、限られた情報からああじゃないか、こうじゃないかと推測し、それっぽいストーリーを作り上げることはあまりに危うい。

 それっぽいストーリーを発信すると、いいねがつき、拡散され、コメントで凄いと言われる。そうなったとき、発信者は自分の考察が間違っていると認めることができなくなる。新しい情報が出てきて、矛盾が生じたとしても後戻りはできないので、

「火消しにウソをついている」

 の、新しい情報を否定する。こんな間抜けな話はない。

 だから、わたしは考察系コンテンツが好きだけど、常にそれはくだらない遊びなんだと意識するように気をつけている。不用意に現実で同じことをやったら、陰謀論になってしまうと。

 もちろん、この考察記事も含めて。




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