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記録、メタファーとして

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ありもしない懐かしさにうしろ髪引かれて、ぼくらは

 魂の話をしています。命に先立つ魂の話。  雪にゴミが混ざっている。ゴミ捨て場に雪が積もったのか、雪の積もった場所に誰かがゴミを投げ捨てたのか。  雪が溶ければ、ゴミだけが残る。そんな、春。目を背けていたものが、季節の移ろいとともに無視しようのない形で姿を表す。  わたしは寒暖差アレルギーがひどく、季節と匂いを結びつけることがあまり得意ではありません。それよりも、風の温度を覚えています。開いた窓から部屋を通り抜ける風が、喉や鼻腔や首筋を撫でる風が病の気配をもたらさなくな

    • ランドマーク(137)

      海良2  睫毛をかすめる風から温度を感じなくなり、次第に陽は短くなっていった。落葉樹はまだまだその葉を落とそうとはせず、学生達が吐き出した二酸化炭素を光合成へと消費している。季節を除けば、なにひとつ、代わり映えのしない日々だった。放っておけば髪と爪ばかり伸びるくせに、わたしの内面は身長と一緒に成長を止めてしまった。授業には身が入らず、暇さえあれば屋上へと通った。海良さんと顔を合わせる日にかぎって、屋上はわたしたち二人の貸し切りになっていた。 「うそ、それ、見間違いだって

      • コンテンツ化されることで失われるものもある

         そう感じたのでこれを書くことにしました。  自分のひそかな楽しみがいつの間にか世間では大層な名前が付けられカルチャーへ昇華されつつある姿を見つけたとき、私は嬉しさよりもやるせなさを感じてしまいます。自分の行為もその一部へ組み込まれ、そこから逃れるには意図的にニッチを追い求めなければいけなくなるからです。評価基準は自己から世間における立ち位置へ緩やかに移り変わり、自分自身をカテゴライズしてしまっていることにふと思い至ります。  レッテル自体を貶めたいのではなく、マネタイズの

        • そんなん誰でも孤独やんか

           苦しんでいる人間がみな安らぎを求めているわけではない、いっときの救済は次の絶望へ至るまでの助走でしかなくて、救われるよりも救われないまま全てをなげうってしまったほうがどれだけいいだろうと、刃物を握ることにすらいまだに恐怖を覚える私の脳がささやくのです。 ↑昨日の朝5時位に書いた文章  普通の人は死にたくならないらしい、って何?普通とは?自分は死にたくならない人を羨ましいとは思わない。自己嫌悪に襲われながらも残ったプライドが己が己であることを誇れと繰り返し言い聞かせてくる

        ありもしない懐かしさにうしろ髪引かれて、ぼくらは

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          落下傘(下)

          「どう思いますか」と言って遺書を手渡せば警官はざっと見るなり、独りよがりな印象を受けます——そう言った。 「自殺する奴に他人のことを考える余裕なんてないよ」私は反射的に口にしていた。はじめから用意していた言葉のようだった。 「両親に宛てているにも関わらず、感謝や謝罪の言葉が見当たりません。相続についての言及もありませんし、そういうものなのですか」  そういうものでしょう、と言いたくなるのを堪えて、「どうしてでしょうね」 「ちょっといいですか」そこで横槍が入った。私と警官が振り

          落下傘(下)

          落下傘(上)

           夜中の2時過ぎに目を覚ましたとき、激しすぎる雨音に起こされたのかと勘違いをした。枕元の黄色に点滅する液晶画面が目に入ってはじめて、私は携帯の通知に叩き起こされたのだということを知った。赤色は急を要する出動司令で、黄色はそうでないもの。つまり、血眼でこの土砂降りの中を犯人探しに走り回る必要はない。事実はただひとつ、人が死んだということだ。  夏に雨が降るのは珍しい。リヨンの街は夕方までからりと晴れていて、夕焼けさえ見えるほどだった。数時間前の私はそれを南向きのバルコニーから

          落下傘(上)

          ランドマーク(136)

          海良1  八時五分前に校舎へと滑り込んだわたしは、急ぐそぶりをなるべく見せないように階段を上り、音が立たないよう教室の戸を引く。わたしの席は、一番廊下に近い列の前から三番目にある。  舘林は夏休みが明けてからも学校に現れなかった。担任は言葉を濁し、屋上へとわたしを呼び出しにくる小野里先生へ問いかけてみても、何も知らされていないと、それだけだった。すべて話してしまおうかと思ったが、わたしには勇気がなかった。誰かを信用する勇気も、日常から逸脱する勇気も。  八月の終わりは夏

          ランドマーク(136)

          ランドマーク(135)

           三つ目の選択肢は考えるまでもなかった。舘林と合流することだ。理屈とか論理とか、そんなものよりも今のわたしには感情が必要だった。あれ? 足を止めないために、この震えを止めるために。わたしは二つ目を選んだ。  道なき道を行く。登山という行為が一般化する遙か前の時代のこと、山へ分け入る人々は、こうして感覚を頼りに上を目指していたのだろう。ARと優れた位置情報技術のおかげで、この辺りの低高度であれば苦労は少なくなった。地形データは倒壊の前後で大きく変化してしまったため、それだけが不

          ランドマーク(135)

          日記

           落ち込む資格があるだろうか。悪いことがあったのではなくて、何もしなかった。現実から目を背けてバーチャルに浸ってばかりいる。ぜんぶぐちゃぐちゃに混ざってしまえばいいと思う。昼も夜も二次元も三次元も夢もうつつも、境目なんてなくなってしまえ。  昼はなんだか暖かかった。すっかり秋めいたと思っていたのに、まだ期限切れの夏が部屋に転がっていた。熱はわたしを苛立たせるから、あまり好きではない。そんなエネルギーを借りなくたって、わたしのこころはとっくにぐつぐつとゆらぎ煮えたぎっている。う

          日記

          遺書(仮にそうであるとするならば)

           天寿を全うする事はないだろうと思っている。というより、死因が老衰でないとしても、それが天の定めならば天寿と呼ぶべきではないかと思う。どうでもいいことだが。  5年前くらいから死にたかった。それは今もあまり変わらない。トラウマになるほど強烈な体験をしたわけでも、価値観の劇的な転換があったわけでもない。ただゆるやかに、わたしは死にたがっている。(まるで今のこのくにみたいに!)  わたしが生き延びているのは、(それが正解かは分からないが)いわゆる「絆(ほだし)」それからわたし

          遺書(仮にそうであるとするならば)

          ざらついた世界と、あなたに

           昔住んでいた街には川が流れていた。用水路や暗渠のような目立たないものではなく、それなりに幅のある、確か一級河川だったと思う。駅から市街地へ出ようとするならばその川を渡るほかなく、橋を渡るのは私の日常だった。  その頃の私は死というものに取り憑かれていた。いつまで経っても上がらない花火。蕾のまま立ち枯れた桜。地方都市特有のよく澄んだ空気が肺に満ちれば、まだ若い私の呼吸はたちまちに途切れてしまいそうになる。遠くへ行きたかった。例えば、この川の続く先。飛び込んでしまえば、流れ流

          ざらついた世界と、あなたに

          ランドマーク(134)

           ここに来たかったのか。わたしは、望んでいた? どこまでが自分の意志で、どこからが成り行きなのか。ふかふかとした山道へ足を繰り出すたび、じゅわりと雨水がにじんでくる。まず考えるべき事がある。わたしはこれからどこへ向かうべきなのか。衝動はわたしを地獄へだって連れて行くだろう。立派な脳味噌の出番だ。  選択肢を挙げることにする。ひとつ。このまま頂上へ向かう。日帰りであればこの軽装は向いている。昨日が雨だったんだから、おそらく今日のうちは天気が崩れることもないはず。  ただ、この

          ランドマーク(134)

          ランドマーク(133)

           登山口から離れるにつれて道幅は次第に広がっていく。未舗装の道にはタイヤ痕がいくつも残っていて、昨晩この山では雨が降っていたことを示していた。なるほど、このむせ返るような熱気はそのせいだったか。  自転車はどうするべきか、としばし思案した末、このまま木陰に隠しておくことにした。どうせここに戻ってくる。調査会がここにいるのだから、帰りにもう一度顔を拝んでやろう。わたしはサドルをさっとひと撫でしてから、静かにその場所を去った。これなら登録のタグはぜんぶ外しておくべきだったな。

          ランドマーク(133)

          ランドマーク(132)

          「海良って一人暮らしだっけ」 「今話すこと」 「見つかったら親に連絡されるぞ」 「別に」もともと、あってないようなものだ。とりわけ、父性に関しては。 「ていうかさ」かさ、と茂みがざわめく。この山にはざわめきがなかった。風もなければ、身じろぎをする木々すら斜面にはない。生きているわたしたちは揺れ動く。心臓の鼓動は、空気を震わせてしまうのだ。満足に会話も交わすこともできないこの状況に、苛立ちが募る。 「やっぱり、なんで来たの」 「さっき言っただろ、分かんないって」

          ランドマーク(132)

          ランドマーク(131)

           舘林の呼吸は落ち着いていた。Tシャツ、ジーンズ、スニーカー。自転車を漕いできたわたしですら、汗にまみれているというのに。どうしてあからさまな嘘を吐くのだろう。  わたしは自転車を木陰に隠すことにした。これで見つかったのなら仕方ない。それよりも、早く近付きたかった。登山口には数人の調査会らしき人影があった。「委員会」、父の来ていた制服は確か濃紺だったはずだ。彼らは真夏にも関わらず、真っ黒の作業服に身を包んでいる。見ているこっちが暑くなってくる。ご丁寧に立ち入り禁止のロープま

          ランドマーク(131)

          ランドマーク(130)

           上り坂も下り坂もない道をおよそ一時間も走れば、登山口に着いた。登ってから一月も経たないうちに、まさかもう一度、ここに来ることになるとは。わずかに緑を残した山は先月、梅雨真っ只中のあの日よりもずっと湿り気を帯びているように見えて、停滞した熱気に吸い込まれるような心地を覚えた。恐ろしいほど風のない日だった。  自転車をどこに止めるべきか、迷った。いわゆるママチャリで山を登るわけにも行かない。だからといって、人目に付くような場所に残しておくと、防犯登録からARづてにわたしの身元

          ランドマーク(130)