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ランドマーク(131)
舘林の呼吸は落ち着いていた。Tシャツ、ジーンズ、スニーカー。自転車を漕いできたわたしですら、汗にまみれているというのに。どうしてあからさまな嘘を吐くのだろう。
わたしは自転車を木陰に隠すことにした。これで見つかったのなら仕方ない。それよりも、早く近付きたかった。登山口には数人の調査会らしき人影があった。「委員会」、父の来ていた制服は確か濃紺だったはずだ。彼らは真夏にも関わらず、真っ黒の作業服に身を包んでいる。見ているこっちが暑くなってくる。ご丁寧に立ち入り禁止のロープまで張りやがって。
「どうすんだよ」肩越しに舘林の声が聞こえる。
「考えてないよ」
「何も?」
衝動がわたしをここまで連れてきた。そういうわけで、わたしはこの先も衝動へ自らを委ねることにした。意のままに茂みから飛び出す。
と、
腕を引かれた。当然、それは舘林の仕業だった。
「馬鹿か」なるべく声を殺したまま、それはしかし明確にわたしを咎めるような声色をしていた。
「見つかったらどうするんだよ」
「話聞けばいいじゃん」
「馬鹿」さっきよりもさらにくぐもった声だった。調査会の一人がこちらを見つめていた。麓に木々が残っていたのは幸いだった。枝葉とそれらが作り出す影に紛れて、彼らにわたしたちの姿は視認できない。
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