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摂食障がいの克服301【大人なんだから】

 こんばんは。お仕事から帰りました。
 
 昨日は私の300回目の投稿でした。
 そして、この300回目の投稿が現在300回読んで頂いた投稿となったんです。299でもなく301でもなく、300。いえ、回数云々じゃなく、本当に感謝しかないです。

 私は読むことも書くことも大好きなので、日中仕事の事前準備をしたり英検の勉強をしたり、そんな中、仲良くしてくださる方の投稿を読ませて頂く時間がとても大切な時間です。癒しもだし、心配もだし、喜びもだし、感動もだし、一言で言うと、人生のシェアで、共感の時間で、また勉強の時間で、また、やっぱり感謝の時間です。

 一応ご報告ですが、今朝7時50分に父から電話が。
 まさかと思ったけど8時10分に、母から。
 そしてまじか…と絶句したけど妹から8時40分に。

 (ブロック解除はなされません、それは永遠になされません。私が一生背負って生きる悲しみ・苦しみでしょうね)

 うまく言えないけれど、その瞬間にもやもやとか何か違和感とかやっつけないからどんどん大きくなる。母や妹に、ふたりが感じていた息子との時間(”おばあちゃんの作る料理は極上っていうのよ~~”と無力にも私が何も作れなかった際に言われることば。それは朝から晩まで仕事をして、心身ともにもう、本当に限界だったときの、ことばだった)にただ、苦しいと言えなかった私がその後、30キロ台まで体重も減ってなお、何も言えなかったんです。何年も何年も、引け目があった。私に”苦しい””うらやましい””それがしたい”そう言う資格なんてないと思っていた。

 母が”(私の息子は母の料理を)極上っていうのよ~~””母にとっては嬉しかったと思う。私が子供だった頃料理はしたことがないので。仕事、仕事で、私も3種類ぐらいしか母の料理を知らない。

 つまり自分の娘は野放しで仕事に没頭して生きてきたのですが、娘の息子、つまり孫がふいに家に来て、子供というか孫にご飯を作ることに喜びを見出したのです。父は父で、娘は野放しですが(会話した記憶がない)孫に、まるで父親であるかのように、学校の宿題を教えたわけです。

 過去は戻らない。

 過去に傷ついて摂食障がいになった過去も戻らない。

 もう40いくつという年です。
 一言でいうと、私はそういう電話はありがたいと思ったけど、やっぱり何か違うんです。それはそうで、何か根本的なんですよね。死にたいわけじゃない。死ぬほどつらいってことなんだ。

 おはようじゃない、何か、”楽”になれる、人生なんだって。

 過去のことを考えるにつけ、私に欠陥しているのは、基本的信頼です。
 10歳ぐらいまでに人が人として充分に愛される存在だから、そのままでいいんだよという自尊心。

 ものすごい努力して生きてきたというより我慢して生きてきたという結果になると思います。(私はたいていの家事は小学校低学年でほぼできるようになった。またある日母が”お弁当を作るのはやめる”と言ったため、高校では自分で作っていた)
 
 死にたいじゃない、死ぬほど傷ついてきたってことなんだ。

 けれど、やっぱり身内からの電話だけで(おはようの笑)救われるわけではないんですよね。じゃあ、何なんだろう。

 生活の安心っていうのは一要因になりそうです。
 貧乏って辛いし。
 日銭が日々の生活に直結は辛いし。

 でもやっぱりお金であってお金じゃない。

 今朝、また友人に英語をオンラインで教えたんです。
 私は英検レベルで考えると、5級(より前の初級から)準1級までの各特徴にはもう充分に知っているので、指導できるわけなんですが。

 その友達は3級レベルからしてみようということで。そうするとわかりやすい、ありがとう、って感謝されたりもして、そういうのはすごい嬉しいなーって思います。

 それから今日は仕事に行ったんです。
 
 このお仕事を始めてからひたすら事前準備をしたり、理不尽だなあってことがあって、それを初めて同僚に話すきっかけに恵まれたんです。
 私が思ったことは、女友達がほしかったのかも、と。
 愛とかそういうことばかり追求する癖があるけど、女友達と、今日1時間ぐらいかなあ、話してすっごく楽しかったです。
 また、このお仕事ちょいそういう(変)なとこあるよねえ、って笑ったり。

 帰宅すれば、また食べることに悩む自分がいる。

 『ホリーガーデン』の果歩が言っていた。

 爪をみるのよ、って。
 爪をみて、”大人なんだから”って。”大人なんだから、大人なんだから”、我慢する世の中。

 私は毎日もう、40代ってフィルターを外して書いています。それでなければ恥ずかしすぎるでしょうし。けれど、仕事はしているし、家族を養っています。なので、自立していると言えると思っています。自分を養い、息子を養っている。例え、苦しんでいても。

 だから、ノートの世界では子供に戻って書くことを自分で許してもいる。それは、大前提に、こうして、そういう自分を許してくれる世界があるから。

 ありがたいことだなーって。感謝しかないです。拒食、過食、この後過食、それでもきっと。きっと側にいてくださる存在があるとすれば、このノートの世界だ。

 爪をみると、大人であることを思い出す果歩。
 (ピンクにきれいに整えられている)

 爪はともかく、私も”大人なんだから”と言い聞かせ朝起きてから帰宅するまでは、そうやって準備して仕事して、それだけ考えてる。帰宅したら、子供みたいになっているけど、明日もまた、大人に戻る。

 

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