鳴巳

過ごす中での出来事等を徒然と。 凡人によるエッセイです。

鳴巳

過ごす中での出来事等を徒然と。 凡人によるエッセイです。

最近の記事

自分なりの洋服との向き合い方

洋服が昔から大好きで。 10年近く、洋服屋で勤めていた頃がありました。 当時の流行り物からお店の個性が表現されている物まで、様々な洋服を見させてもらえた貴重な10年間です。 過ごしてきた中で、洋服は第2の顔のようだと思うようになりました。 身につけているそれらの物に。 その方の大切にしている物事への価値観、 背景が透けて見えてくるように感じています。 さりげなく、素敵な物を身につけている方。 大胆な色合いをサラッと着こなせる方。 洋服以外の趣味に沿うようなアイテムを着

    • 普通

      至って特別なことじゃない。 〝普通〟に対してデコレーションしすぎていた。 クリームをこれでもかとたっぷりに。 それはきっと、 胸やけを起こすに違いないくらいに。 会うたびにデコレーションをして話しちゃうのだから。 認識の魔法が少し解けた瞬間。

      • 掃除の仕方

        私の住んでいる家は、所謂ザ・ひとり暮らしな大きさで こぢんまりとしている。 行動範囲が限られているにしろ、 それなりに日々生活を送っていると 埃は溜まってくる訳で。 こまめに掃除をしています。 大方は埃を軽く払ってクイックルワイパーでさっと拭く感じ。 ただどうにも細かな部分が気になり気になり。 掃除機を買おうかな?と云々検討していました。 そんなことをふとした流れで母に話してみる。 「雑巾で拭き掃除したらいいやん。運動にもなるで。」と あっさり一言。ほう、なるほど。と私

        • ポストカード

          リビングの一角にポストカードを飾っている。 基本的には季節が変わるタイミングで。 紙ものがずっと好きでして。 出先で素敵なポストカードに出会うとついつい買ってしまい、 少しずつ増えてしまいます。 それらはファイリングしていつでも眺められるように保管をしている。 何気ないが、張り替えるタイミングで悩む僅かな時間は楽しいです。 写真やイラスト同士のバランス。今の気分に見合う色合わせ。 ほんの数枚のことなのに結構真剣に悩んでしまう。 ほんの数枚のことなのに部屋の空気感

        自分なりの洋服との向き合い方

          冬の夜空

          洗濯物を干す。 余りの外の寒さについ縮こまってしまう身体。 部屋へ部屋へ、いそいそと戻る手前、何気なく見上げる。 散りばめられ、点在している星。 そういえば小さな頃、できる限り顔を上げて 冬の星を楽しみながら自宅までを帰っていた。 星座の本が好きだった。ギリシャ神話の世界観に引き込まれていた。 しんと冷える冬空、目を懲らさずとも認識できる星座の数々。 壮大なスケールで描かれていたお話の主人公たちが、 確かに、目の前に存在している。貴重な夜の時間。 飽きることなく毎

          冬の夜空

          食べたくなるお話

          リースチョコ ジェロ ファンネルケーキ どれもこれもに聞き馴染みのなかったアメリカのお菓子。 江國香織さんの「彼女たちの場合は」を読んでいる時にそれらは登場した。 年甲斐もなく、私に、キラキラとした感情を抱かせてくれる。 食べ物が登場する小説は読んでいる最中に少し嬉しくなる。 それが普段あまり食べないものであったり、 全く目にしたことのないものであると尚更で。 分からないものはすぐに調べてみる。 パッケージや商品を知る。味を想像してみたりする。 坂木司さんの著書

          食べたくなるお話

          森見さん。

          なんとも心惹かれるタイトルと装丁。 ときめいて、初めて自分で購入した小説。 それが、森見登美彦さんの「夜は短し歩けよ乙女」だった。 出会った当時は高校生。 学校で日々を過ごしてはいたものの、なかなか上手く過ごせず。 周りの環境にいつも四苦八苦しながら過ぎゆいた3年間でして。 心のバランスを保ってくれていたのが趣味の数々でありました。 その中で出会ったのが森見さん。 実際にある街の、日本ファンタジー、舞台は京都。 大阪住まいの私にとっては実際に足を運びやすく 大変アクセ

          森見さん。

          30代を迎えた

          30代を迎えた 今まで通っていた美容室から、何年かぶりに 初めましての美容室へ行ってみる。 中学生のころから当て続けていた縮毛矯正。 矯正を当てるほど、くせ毛でなくなっていることを 30代を迎えてようやく知った。 30代を迎えた 気になるところへは、可能な範囲で足を運ぶように。 愛読している本をベースに、あちらへこちらへ。 案外とすいすいと叶ってしまったようで。 20代の頃に云々としてしまっていたのは、一体何だったのかと思う。 30代を迎えた 少し、チャレンジをす

          30代を迎えた

          実家

          実家を実家だと呼べるのだろうか。 そう思っていたのは割と最近のこと。 両親が引っ越しをすることになった。 今まで20年以上も住んでいた街から、割と、遠く離れて。 余談ではあるが、私自身も今年になって ようやくひとり暮らしを始めたばかり。 皆が言う、帰省の感覚をようやく理解し、馴染ませてきたところ。 そんな矢先での実家のお引っ越し。 大きな環境の変化、大変楽しみではある。 ただその反面、 実家が実家ではなくなる?? 居心地が変わる?? さて、どういった感覚を持て

          初めてのひとり旅。

          街の人はとても暖かかった。 お店を出るとき ありがとうございました、だけではなく、 「楽しんでくださいね。」と 朝食をいただいたお店では 「いってらっしゃい!」と 老舗のパン屋さんでは 「ここの空気も持って帰ったらいいよ!」と。 えいやっ、と訪れてみたカフェで 他のお店や楽しめるスポットを教えてくれたこと。 私の住んでいるエリアにほどなく近い、喫茶店やお香屋さんを 教えてもらえるといった、逆輸入のようで不思議な感覚が面白かったこと。 別々のお店で購入した2冊の本が偶然にも

          初めてのひとり旅。

          うたた寝の産物

          前述の記事でも述べたように 電車内の落ち着いた時間が私はとても好きである。 好きであるが故、ついついと、うたた寝を幾度となくしてしまっている。 とある日の大阪での待ち合わせでのこと。 この日は朝から予定があった。 降りる1駅前でどうやらうたた寝をしてしまったらしい。 あっと気づいたときには時既に遅し。 目の前には全く見慣れない広々とした風景が広がっていた。 呆然としている者を余所目に ぐんぐんと電車は元気よく進んでいく。 ぐんぐんと進んでいた矢先、突如私の

          うたた寝の産物

          光差す読書

          読書が好きだ。 ただ、多読家な訳でもないし昔から常に触れてきたという訳でもない。 ここ数年間の自身の生活が変動する中で、読書熱がじわじわと現れたように思う。 読むといっても月に1、2冊をなんとか読める程度。 それでも、いつでも頁を開くことのできるよう、 鞄の中にいつも、何かしらを入れて携帯している程度には好きである。 特に好んで読む場所は専ら電車内だ。 コトコト鳴りながらも静かに揺れる車内での読書は とても心地よく、とても捗る。 柔らかく頁に差し込む光と、相反する影と

          光差す読書

          散文たる散文。

          感情の揺れを感じるたび、文字に起こしていくのが 無意識下での習慣だった。 悩んでいるとき、ちょっと浮かれ気味な日、 特別なことが起こった日にも。 残していく場所は気紛れ、点でバラバラ。 ある時にはSNS、ある時には日記アプリ、適当なノートに 手書きでつらつらと書き連ねることも。 散文たる散文である。 何事においても継続力がまるでない私だが、文字を起こすことについては 何故だかコツコツと続いているように思う。 たいした取り柄を持ち合わせている訳ではないのだが、 その

          散文たる散文。