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H先生の事「科学する心」

 「僕の昭和スケッチ」92枚目/番外編  #忘れられない先生

83.H先生の事

<画/© 2021 もりおゆう 水彩 サイズF5>

誰にでも忘れられない先生はある。
これは、私にとっての忘れられない先生…
小学校時代の思い出……

その日の朝…
晴れ渡った始業式の朝、子ども達はみな校庭に整列し、新任の先生方の挨拶を神妙に聞いていた、アクビをかみ殺して。私は新三年生の列。
先生方は、校長先生に紹介され一人一人壇上に上がった。 

「これから皆さんと一緒にこの学校で頑張っていきます。」

そんな当たり障りのない退屈な挨拶が続いていた。

だが、最後に壇上に上がったHという先生の挨拶は他の先生と全く違うユニークなものだった。

今思えば年は三十歳位だったろうか、順番が回って来たH先生は、紺の背広を翻して大股で元気よく壇上に上がるやいなや、何の前置きもなくいきなり空を指差して大きな声で私達にこう言った。

「みなさん、空を見て下さい。」

何事かと全校生徒がH先生の指差す南西の空を見た。他の先生方も些か驚いたようにその空を見た。

そこには月が浮かんでいた。

H先生は続けた。
「皆さん月が出ているでしょう。そう、月の出るのは夜だけではないのです。太陽が登っていても月は出ているのです。」

校庭が、ざわめいた。
私達は、それまで漫然と思っていた。
月は夜に出るものだと。

しかし、その朝確かに月は青空に浮かんでいた。それは下弦の月で南西の水平線近くに在った。

もしかしたら私達は、日中に月を目にする事が初めてではなかったかも知れない。

しかし、ただ漫然と見ている事と、それを理解している事とは全く違う。

子供達は皆、新鮮で真剣な目で青空に浮かぶ月を見ていた。
そこには、今日初めてこの世に現れたもののように月が浮かんでいた。

「何故青空の下でも月が出るのか、そんな事を一緒に勉強していきましょう。」

H先生は、そう言うと又元気よく背広を翻し、足早に列に戻った。
先生の言葉は力強く私達の胸に残った。
誰の顔にも興奮の色があった。
もう誰一人、アクビなんてしていなかった。

そのあと、新しい教室に入って自分達の新担任の顔を見て私は驚いた。
それは、何と先程のH先生だった。
何か胸躍るような気持ちになったことを今も覚えている。

その後、色々な事を先生は僕達に教えてくれましたね。

有り難う、今は亡きH先生。


<この絵と文は著作権によって守られています>
(This picture and text are protected by copyright.)


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